みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※いままではカタい文章の書き方でしたが、徐々に改めていきます。

②歴史と民話とツーリング-三浦市

かつての街道を見守る 江戸期の石仏と墓標たち(三浦市)

三浦市の三崎口駅前の「三崎通り」をずっと南下して行くと、三崎の市街地に当たりますが、現在では湘南信用金庫の三崎支店があるあたりは明治25年(1892年)頃までは街道の宿場であったと言わています。 幕末の頃には三崎支店のあたりには「陣屋」があ…

皇室の巡幸に殉職した 義勇奉公の消防手(三浦市)

人気の少ない三戸浜に沿って原付を走らせると、そこに穏やかに広がる砂浜と、雄渾なる相模灘の向こうには富士山が見えてきます。 富士山の頂上にはすっかり雪が積もって、もうすぐ冬という装いが感じられます。 さて、この三戸浜から海岸沿いの集落に入って…

和田義盛とその一族が崇敬した 高円坊の五劫寺あと(三浦市)

わくり井戸のあるところから、初声保育園へと向かって小高い丘を上がっていくと、途中で和田家の住宅の片隅に簡素な冠木門が見えてきます。 この和田家のある所はもともと「五劫寺」という寺があったところです。 「五劫寺」という寺がどういうお寺であった…

観音霊場巡巡礼者の手を引く かめくり観音の伝説(三浦市)

三崎口駅前から駅前の三崎通りを南下し、三戸入口の交差点から御用邸道路へ入っていきます。 大きく弧を描いて走る御用邸道路を抜けたところにあるのが、浄土宗寺院で阿弥陀如来さまをご本尊にいただく、龍徳山 庄司院 光照寺です。 このお寺は鎌倉にある浄…

松浦豊先生のあしあと 三戸のお精霊流し(三浦市)

みうけんが尊敬する三浦半島の歴史研究家に、松浦豊先生という方がいらっしゃいます。 いや、もう「いらっしゃいました」と過去形にするのが正しいのでしょう。 ずいぶん前に鬼籍に入られて「たしか三崎のどこかのお寺にお墓があると思います」(光照寺ご住…

現世に生きる虚しさを説いた 三浦道寸公父子の辞世の句【三浦荒次郎義意公編】(三浦市)

前回では、三浦氏最後の領主といわれる三浦道寸義同公の辞世の句を紹介しました。 www.miuken.net では、その息子とされる三浦荒次郎義意公はどうでしょう。 三浦荒次郎義意公は「英雄百首」に三浦道寸義同公と並んで紹介されています。 三浦道寸義同公の子…

現世に生きる虚しさを説いた 三浦道寸公父子の辞世の句【三浦道寸義同公編】(三浦市)

原付のエンジンをふかし、ただひたすらに三浦半島を南下して三崎口駅前を通過していきます。 とちゅう、引橋をすぎたところで右にそれていく道をすすんでどこまでもいくと、最終的に京急油壷マリンパークがあるところに出ます。 もう、このブログの読者の皆…

平和な油壺に悲哀を伝える ヨット事故の碑と特攻隊基地(三浦市)

三浦道寸義同公と三浦荒次郎義意公率いる三浦一族が北条一族に攻め落とされた悲運の地、油壺を訪れました。 義士塚やなもた坂のあるところから油壺のマリンパークへとまっすぐ進む油壺線という道をそれて南側へ行くと、油壺の半島の付け根の所に油壺公園とい…

不思議な身代わり名号の伝説 円覚寺の阿弥陀堂(三浦市)

三浦市の宮川というところがあります。 三浦三崎の中心部から東に1キロほどいった、観光客もあまり訪れないところで、ここまで来れば宮川の集落の周りは一面の畑と森が広がっています。 その宮川集落の真ん中のあたりにあるのが浄土真宗寺院の「円覚寺」と…

珍しき庚申塔 青面金剛を持ち上げる邪鬼の姿(三浦市)

三浦市の三崎口駅の南側の「三戸入口」の交差点から、三戸海岸へと向かう「御用邸道路」へと原付を走らせていきます。 田畑のなかを西へと向かっていく途中、御用邸道路は南に向かって大きくカーブを描きますが、その路傍に4基の庚申塔と1基の青面金剛像が…

和田義盛が帰依した廃寺 安楽寺の痕跡を訪ねる【~その3~大泉寺編】(三浦市)

さて、三浦一族の豪将であった和田義盛が深く帰依したとされる「安楽寺」のシリーズも、これで三回目です。 前回は道路拡張によって廃された安楽寺の跡地と、その御本尊様であった薬師如来さまが移された天養院を見てきました。 今回は、安楽寺の本堂であっ…

和田義盛が帰依した廃寺 安楽寺の痕跡を訪ねる【~その2~天養院編】(三浦市)

三崎口の駅前から三崎街道を北上してしばらく行くと、和田という里があり、三浦大介義明公の孫にあたる和田義盛のゆかりの地であったこと、和田義盛の館の裏鬼門を守っていた安楽寺が戦時中の道路拡張により廃寺となった事は、前回の記事でお伝えしました。 …

和田義盛が帰依した廃寺 安楽寺の痕跡を訪ねる【~その1~安楽寺跡編】(三浦市)

三浦半島を南北に縦断する三崎街道は、三浦市初声町の和田というところを通過します。 この和田という地名は、三浦一族の中でももっとも有名な頭領のひとり、三浦大介義明公の孫にあたる和田義盛にゆかりのあるところです。 その和田の里、三崎街道に面した…

日蓮上人と七面天女の一大絵巻 延寿寺本堂の大絵馬(三浦市)

神社や仏閣を見て回っていると、必ず目にするものがあります。 「絵馬」です。 今では小さな絵馬を買い求めて願い事を書き込み、神前に奉納するのが一般的ですが、かつては大絵馬というものがあり、日本画の絵師たちによって盛んに描かれたものが数多く奉納…

いまなお真光院に残る 三浦道寸の父子像(三浦市)

三浦三崎の交差点「油つぼ入口」から西へと原付を走らせました。 約500メートルいくと、道筋の階段の上にひっそりと佇んでいる浄土宗寺院である荒井山 潮音寺 真光院というお寺にたどり着きます。 このお寺は阿弥陀如来の立像をご本尊様としていただき、…

防災と退魔の象徴 庚申塔に彫られた雲上の桃(三浦市)

三浦半島の小松ヶ池公園の西方に、京急線の線路をまたぐ跨線橋があります。 その跨線橋を渡って北へ200メートルあまり原付を走らせると、やがて畑ばかりのところとなり、そのあたりから西へ入っていく狭い下り坂がありました。 これは地図を見るに、安楽…

バス停の人たちを楽しませる 高円坊の藤棚(三浦市)

三浦海岸駅から須軽谷を通り、武を通じて一騎塚の交差点に至る道が県道214号線です。 その中には「高円坊」というバス停があり、ここにバス停の屋根のようにして、立派な藤棚が育てられているのが目に入ります。 この「高円坊」バス停は、かつては「藤棚…

和田朝盛家臣のあしあと 路傍の馬頭観世音(三浦市)

どこまでも続いている三浦海岸沿いを走る国道134号線という道路があります。 海沿いを走る風光明媚な道路で、みうけんのツーリングの定番コースなのですが、この道から三浦海岸駅近くの「諏訪神社入り口」の交差点へと入り、山側へ向かって原付をギュンギ…

いまなお伝わる八景原と神明社の逸話 宮川村旅情(三浦市)

三浦半島の先端、三浦市宮田町の通称「八景原」というところがあります。 このあたりは海に面する断崖絶壁で、三崎遊郭に売られた遊女が逃げ出して身を投げたことから、一時期は自殺の名所とされてしまい近寄る人はあまりいませんでした。 現在は、その遊女…

稀に見る珍しき 牛頭観音群像(三浦市)

三浦半島の先端に、宮川町というところがあります。 平坦な場所で三崎をのぞむ高台にあり、すぐ先は八景原の断崖となって、三崎の遊女屋から逃げ出した遊女が海に身を躍らせた悲しい場所として紹介させていただいた事もあります。 もともと、この宮川のあた…

見ているだけでも楽しい 心光寺の変わった庚申塔(三浦市)

横須賀から三崎口駅を通じて、三浦三崎まで伸びる横須賀三崎線という道があります。 このあたりの主要な交通路ですが、なかなかに交通量も多い道です。 その「油つぼ入り口」交差点のあたりを西に入っていく細い道の奥に、浄土真宗本願寺派寺院である白蓮山 …

小説のモデルともなったか 三戸の畑の丸山塚(三浦市)

どこまでも続く広い広い相模灘のさざなみの奥には秀麗富士を仰ぎ見る、文字通り風光明媚な三浦市の三戸浜というところがあります。 この三戸浜は夏にでもなれば砂浜で遊ぶ人が多く集まる賑やかなところですが、その砂浜に沿って広がる集落は三浦の海沿いの町…

元の地に還りたいと夢枕に立った 三浦の原稲荷神社(三浦市)

引橋から三崎口へと下っていく県道26号線、通称「横須賀三崎線」の城ヶ島入り口交差点から東へ300メートルのところ、住宅街が途切れて畑となるあたりの小高いところに、原稲荷神社というお稲荷様があります。 この近辺の原区には、4年毎の9月の始めに…

朝廷とともに戦った悲運の武将 三戸友澄の墓所(三浦市)

大海原の果てに秀麗富士を望む風光明媚な三戸の浜から、内陸のほうに原付のハンドルを向けました。とちゅう、宝徳寺の前を通り過ぎると道は突き当りとなり、半分土に埋もれかけた「三戸公園」の石柱を見つけることができます。 その石柱の上の方には、よくよ…

哀れな九尾狐を祀った ぐみが作の狐塚(三浦市)

以前、「 漁師と九尾狐の悲哀を今に伝える きつね浜の伝説(三浦市)」という記事を書いたことがあります。 まだ新井城があったころに、三浦荒次郎義意が海に向かって矢を試しうちしていたころ、たまたまこの近くに住みついていた九本の尾を持つ大きな老狐に…

和田義盛が神仏の加護を願った 庄司川とわくりの大井戸の碑(三浦市)

あるうららかな春の日、三浦市初声町の高円坊の里へとやってきました。 この地は和田義盛の孫である和田朝盛が高円坊と名乗り、僧として住んだことが地名の由来とされています。 この辺りは三浦一族の傍流である和田氏とかかわりが深く、畑の真ん中に残され…

高台の茂みに埋もれる 朝盛塚の由来と哀話(三浦市)

三浦市初声町の高円坊というところに、この地域の鎮守である高円坊日枝神社があります。 この神社は三浦半島の中でも比較的高台に位置しており、眼下には東京湾を望むことができて、その背後には富士山をいただく、とても風光明媚なところです。 この広い丘…

生きとし生けるものに感謝をささげた 福泉寺前の一切亡虫魚の墓(三浦市)

みうけんは、神奈川県の三浦半島が大好きです。 山と海の美しさを兼ね備え、実に風光明媚で歴史も奥深く、よって見どころも多く、自宅からも近い。 とにかく、ブログのネタにも事欠きません。 そんな三浦半島を、今日も元気に原付で駆け抜けました。 燦燦と…

三浦荒次郎義意公の奥方を供養する 無住の霊照院(三浦市)

三浦半島の「油つぼ入口」から新井城址や油壷の方に入る小道、いわゆる県道216号線(油壷みち)を西へ進んでいきました。 途中、脇にそれる道があり、地図を見ると古道が走っているようだったので脇道にそれて原付をゆっくりと走らせていきました。 いか…

江戸城の石垣の石か 三戸浜に眠る巨石「天神丸」(三浦市)

三浦半島のランドマーク、三崎口の駅からまっすぐ西へ向かうと三戸の砂浜に突き当たります。ここは背後に三浦半島の里を背負い、眼前に雄大に広がる相模灘と、晴れた日には遠く富士山も眺めることができる風光明媚なところです。 この近くには鎮守である上諏…