みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※いままではカタい文章の書き方でしたが、徐々に改めていきます。

歴史と民話とツーリング

歴史と民話とツーリング

交通安全の誓いもかたし 岡津町のヘルメット地蔵(横浜市泉区)

今日も楽しく、愛車シグナスXで原付ツーリングです。 原付ツーリングの良いところは、とにかくお金がかからないこと。 原付を買う初期費用や免許を取る費用は別として、かかる費用はガソリン代(満タンにしても600円くらい!!)と、お昼のラーメン代く…

畑の中にひっそりと眠る 伝葛原親王の塚(綾瀬市)

綾瀬市の落合というところは、ちょうど小田急線と相鉄線の線路に挟まれるような地理関係のところで、どの駅からもだいぶ離れている為か、今なお農村風景を色濃く残すところです。 そのため、早春ともなれば数えきれないほどのスズメが群れをなして餌を追い求…

主人の仇を取った 烈女「お初」の墓(平塚市)

平塚駅北口から真西に1.4キロほど行くと、住宅街の中にたたずむ松雲山 要法寺があります。 このお寺は約700年前、鎌倉幕府の執権北条泰時の次男であり、この近辺の地頭であった北条泰知の屋敷だったところです。 北条泰知はたいへんに熱心な念仏信者で…

和田義盛が帰依した廃寺 安楽寺の痕跡を訪ねる【~その3~大泉寺編】(三浦市)

さて、三浦一族の豪将であった和田義盛が深く帰依したとされる「安楽寺」のシリーズも、これで三回目です。 前回は道路拡張によって廃された安楽寺の跡地と、その御本尊様であった薬師如来さまが移された天養院を見てきました。 今回は、安楽寺の本堂であっ…

和田義盛が帰依した廃寺 安楽寺の痕跡を訪ねる【~その2~天養院編】(三浦市)

三崎口の駅前から三崎街道を北上してしばらく行くと、和田という里があり、三浦大介義明公の孫にあたる和田義盛のゆかりの地であったこと、和田義盛の館の裏鬼門を守っていた安楽寺が戦時中の道路拡張により廃寺となった事は、前回の記事でお伝えしました。 …

和田義盛が帰依した廃寺 安楽寺の痕跡を訪ねる【~その1~安楽寺跡編】(三浦市)

三浦半島を南北に縦断する三崎街道は、三浦市初声町の和田というところを通過します。 この和田という地名は、三浦一族の中でももっとも有名な頭領のひとり、三浦大介義明公の孫にあたる和田義盛にゆかりのあるところです。 その和田の里、三崎街道に面した…

木一本で処刑された悲運の家族 えんこら坂と七人塚の伝説(綾瀬市)

日本全国の伝説に「七人塚」というものがあります。 三人塚、五人塚、八人塚などその人数も様々ですが、だいたいは戦で非業の死を遂げたさむらいを埋めた塚であるか、旅の途中で行き倒れになった人を埋めた塚か、というのが多いようです。 ここ綾瀬市吉岡に…

現代の人々を見守り続ける 路傍の石仏群(横浜市栄区)

JRの本郷台駅の近くからまっすぐに北上して舞岡の方面に行く、通称「桂町戸塚遠藤線」という道路があります。 この道路が環状3号線と交差するあたり、赤坂という交差点のところに石仏が祀られていたのが見えたのでちょっとお参りさせていただきました。 …

平塚の銭洗弁財天 醫王院 妙圓寺 参詣記(平塚市)

平塚市、といっても随分と奥深くに入り、もうほとんど秦野市に近いところに、その名も座禅川という川が流れています。 昔、この川のほとりで修行僧が座禅を組んでいたことからその名が付いたそうですが、その座禅川のほとりにあって「土屋銭洗弁天」の異名を…

昔と変わらぬ光景を眺めつづける 専福寺の観音堂(横須賀市)

自衛隊の武駐屯地の前の134号線を北上し、「佐島入口」の交差点から横須賀の西海岸沿いの道へと進んでいきます。 とちゅう、佐島漁港の真ん中にあるこんもりとした小山が目に立ちますが、ここはもともと「観音鼻」という海に突き出した岬のようなところで…

相模湖畔に優美な彫刻を見せる 霊験あらたかなる與瀬神社(相模原市)

先日、相模湖畔に残された「御供岩」の話を紹介しました。 www.miuken.net その際に、近くにある「與瀬神社」に行きました。 この與瀬神社は「よせじんじゃ」と読みますが、地元では「与瀬蔵王権現」「与瀬のごんげんさま」と呼ばれ、また単に「ごんげんさま…

神奈川県民と産業を支えた 相模湖のダム殉職碑(相模原市)

人が生きていくうえで、ありとあらゆる生物が生きていく上で欠かせないもののうちの一つに、水があります。 それは神奈川県に住む905万人にとっても例外ではないのですが、その県民の暮らしを支える「水がめ」のひとつに、相模ダムによって作られた人造湖…

マスク姿の通行人を見守る 風に霊験あらたかな風神地蔵尊(横須賀市)

ニュースでは連日、新型コロナ感染者数が過去最大を更新したと報道しています(2020年12月現在)。 考えてみれば、昨年の今頃(2019年12月)には世界にはコロナのコの字もなかったわけで、わずか1年たらずで世界は大きく変貌してしまったのだな…

万民のために命を捨てた 義士「土平治」の生家あと(相模原市)

相模湖の東側にある相模湖プレジャーフォレストの正門前の交差点を南にいきますと、すぐに八幡神社の鳥居の前から西側へとカーブして奥牧野相模湖線という山奥の道路に入っていきます。 相模湖プレジャーフォレストの正門前の交差点から5キロ少々進んでいく…

日蓮上人と七面天女の一大絵巻 延寿寺本堂の大絵馬(三浦市)

神社や仏閣を見て回っていると、必ず目にするものがあります。 「絵馬」です。 今では小さな絵馬を買い求めて願い事を書き込み、神前に奉納するのが一般的ですが、かつては大絵馬というものがあり、日本画の絵師たちによって盛んに描かれたものが数多く奉納…

いまなお真光院に残る 三浦道寸の父子像(三浦市)

三浦三崎の交差点「油つぼ入口」から西へと原付を走らせました。 約500メートルいくと、道筋の階段の上にひっそりと佇んでいる浄土宗寺院である荒井山 潮音寺 真光院というお寺にたどり着きます。 このお寺は阿弥陀如来の立像をご本尊様としていただき、…

昔からの信仰を今に伝える 七ツ木の大日如来と石祠たち(藤沢市)

横浜市泉区のいずみ中央駅から、藤沢市の長後駅まで通る長後街道という道があります。 この道は昔の大山街道であり歴史もある道で、かつてみうけんがこの近辺を大いに気に行って長後街道沿いにアパートを借りてくらしていたことから、とても懐かしいところで…

転変の運命をたどった 多重五輪塔の道祖神さま(座間市)

相鉄線のかしわ台駅の北側に、住宅街の中としては珍しいほど澄んだ水をたたえる目久尻川という川が流れています。 「座間市の目久尻川」なのですが、そこにかかる橋の中に、その名も「寒川橋」という橋があり、その橋の北側の隅に五輪塔の残欠を積み重ねた石…

時代の波に消えゆく 四軒村と椿稲荷の伝説(相模原市)

JR淵野辺駅から北側に1.3キロほど行ったところに、「相模つばさ幼稚園」という幼稚園があります。 いつもは幼児たちの楽しそうに遊ぶ声や、声を合わせて歌う声が聞こえてとてもにぎやかなところですが、この幼稚園の向かいには、木々に囲まれた立派なお…

事故の犠牲者を慰める 踏切脇の桜株観音(大和市)

大和市福田、桜ケ丘駅南側の小田急線の線路と中原街道が交差するところは通称「桜株踏切」と言われています。 この辺りの中原街道の交通量は多く、頻繁に電車が通る小田急線の踏切とぶつかるところから大和市では有名な渋滞スポットとなっています。 さて、…

琴に聞きほれた悲哀の狐 白狐稲荷と泉稲荷の伝説(横須賀市)

横須賀は田浦1丁目公園の周りに、ループ状に旋回しながら登る珍しい上り坂があります。 その坂を上り詰めて右手に行くと、かつて昭和の時代に開かれたであろう市営月見台住宅という風雅な名前が付けられている団地群に出ることができますが、ここが今回の物…

小山田氏の悲話シリーズ(3)自害をとげた折花姫の哀話(相模原市)

戦国の武将、小山田氏のについてのお話もいよいよ最終話となりました。 今回はジィジ宮から2キロほど離れたところにある、 折花神社という神社です。 この神社は蛇のように複雑に蛇行する道志川の、迫り出すようにした川岸の上にひっそりと建っている無人の…

小山田氏の悲話シリーズ(2)ジジイ宮とバァバァ宮(相模原市)

ちょっと前置きが長くなりますが、今回のお話と深くかかわっているので、よろしかったらお読みください。 むかし昔のお話です。 現在でいう町田市小山田の「小山田荘」というところで、秩父氏の傍流である小山田氏という一族が興りました。 その祖である小山…

小山田氏の悲話シリーズ(1)小山田八佐衛門行村の墓標(相模原市)

もうすっかり秋となり、山々では木々が黄色に紅色に色づき始め、野山ではリスや鳥たちが忙しく冬支度をする季節に、津久井湖のほとりから道志川に沿って山あいを縫うようにして進み、やがてう山中湖へと続く国道413号線を西に向かって進みました。 やがて…

崖下の路傍で信仰を集める 七ツ木のお滝ばあさん(藤沢市)

境川の藤沢市より、湘南台のあたりで川沿いを走る生活道路を北上していくとやがて境川沿いから離れ、河岸段丘のふもとに沿って農地のわきを走る道へと変わっていきます。 このあたりは左側に迫る木々をひかえ、右手には田畑が広がり、その向こうには境川が流…

防災と退魔の象徴 庚申塔に彫られた雲上の桃(三浦市)

三浦半島の小松ヶ池公園の西方に、京急線の線路をまたぐ跨線橋があります。 その跨線橋を渡って北へ200メートルあまり原付を走らせると、やがて畑ばかりのところとなり、そのあたりから西へ入っていく狭い下り坂がありました。 これは地図を見るに、安楽…

巨人の残した土か 相原のめいめい塚(相模原市)

JRと京王線の橋本駅の西側、橋本郵便局前のバス通りを西に進み、「相原薬局」の角を右に折れて住宅街の中に入っていきます。 すると、すぐに住宅街の中にフェンスに囲まれた一角があり、その中に松の木が植えられているのを見ることが出来ます。 この時に…

絶えて久しき 中河内地区の辻飯行事(海老名市)

現在、海老名市の有馬小学校があるあたりは、かつては中河内という字名で呼ばれていました。 このあたりは現在では静かな農村地帯が広がり、小高い小山たちの間を縫うようにして田畑が広がり、その中を真新しいランドセルを背負った1年生たちが列をなして下…

お不動様を腹ごもりした 定光寺裏山のカシの木(横浜市南区)

横浜市南区六ッ川にある六ッ川一丁目の交差点から少し山の方に入っていくと、見事な森に抱かれるようにしてある高野山真言宗寺院、引越山 福壽院 定光寺が見えてきます。 この定光寺は創建年代等は不詳ながら平安時代に活躍した覺清法印が開山した、という言…

太古の昔より人々を見守った 五所神社前の明神の楠(湯河原町)

神奈川県と静岡県の境に近いところに、湯河原町の宮下という所があります。 このあたりは山がちな神奈川県西においては貴重ともいえる、平地の里が広がっているところです。 このあたりは、古くから栄えてきた湯河原温泉も背後に控え、かつての東海道も近く…