みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※記事は基本的に毎日18時に更新です。

歴史と民話とツーリング

歴史と民話とツーリング

三浦一族の生きた痕跡 佐原城址(横須賀市)

横須賀市佐原の地にある太子山 聖徳院、通称「太子堂」は海中より金色に輝く聖徳太子の像が出現したことにちなむお寺で、以前にも紹介させていただいた事があります。 www.miuken.net その「太子堂」の南がわ、現在の三浦学苑高等学校 野球グラウンドにかけ…

恐ろしい大蛇と武将の伝説 城ヶ島の楫の三郎山神社(三浦市)

三浦半島は自宅からも近く、少し原付で走れば風光明媚な光景が楽しめるところです。 実に気軽に行けるとあって、みうけんのお気に入りのツーリングスポットです。 さて、この度三浦半島の先端の離れ小島、城ヶ島へとやってきました。 原付(125cc)であ…

戦乱の歴史を今に伝える 三浦半島最南端の城ヶ島(三浦市)

夏の風と日差しが気持ち良いこの時季、三浦半島へやってきました。 三浦半島はみうけんにとっては定番のツーリングスポットで、どこに立ち寄っても素晴らしい風景と歴史を堪能することができるので、心からお気に入りな場所です。 さて、最近まで有料だった…

過去の悲劇をひっそりと伝える 沖縄「波の上ビーチ」の洞窟

2021年7月、ちょっと沖縄旅行へ行ってきました。 沖縄は神奈川県の次に好きな県ですが、場所柄たまにしか行けないのがタマにキズというところでしょうか。 ただ、今回はたまったマイルで行ったので飛行機代は無料、職場の保養所を使ったので宿泊費は無…

弘法大師の高徳を今に伝える 弘法山の乳の井戸(秦野市)

夏の日差しが心地よく照りつける夏というものは、原付でのツーリングにむいている時季のひとつと考えます。 真夏の熱い太陽の下、ジリジリとした熱気を浴びつつも、半袖を通して体に吹き付ける風の爽やかさは車では味わえない爽快感だと思います。 さて、そ…

修験道の本尊 伊勢原の火伏不動尊(伊勢原市)

小田急線伊勢原駅前の県道61号線、通称「中央通り」を北に向かって進み、伊勢原小学校入り口の交差点を過ぎたところにこぢんまりとした不動堂があるのが見えてきます。 その入り口には見上げるようなトタン板の看板が掲げられ、そこには「火災防除 開運招…

弁天さまの願いが姿を現した 正観寺の大蛇伝説(横浜市保土ヶ谷区)

相鉄線は西谷駅を出発して横浜方面へと向かうと、やがて横浜方面へ行く線路と、新横浜方面へ向かう線路に二手に分かれます。 この新横浜へ向かう線路はつい最近開通したものです。 この分岐した線路に挟まれるようにして、住宅街の中に建つ静かな寺院が、曹…

絶える事のなき信仰心を今に伝える 森戸神社の子産石(葉山町)

眼下に波濤雄渾なる相模灘をひかえ、遠くに秀麗富士をあおぐ葉山町森戸の海岸沿いに古くから信仰を集めている、森戸大明神。 この神社は、あの鎌倉幕府の創設者ともされている源頼朝ゆかりの神社として崇敬を集め、今では葉山の総鎮守とまでいわれています。…

命を懸けて鐘楼を守った 義理堅い蟹たちの伝説(川崎市)

第一京浜の道路、多摩川を渡る手前にある川崎競馬場前の交差点を東に進みます。 この道は川崎大師につながる通称「大師みち」で、ほどなく進んでいくと天台宗寺院の薬王山 無量院 醫王寺の伽藍が見えてきます。 このお寺の歴史は古く、桓武天皇の御代である…

源頼朝の足跡 駒つなぎ松と衣裳場(伊勢原市)

霊峰大山を仰ぎ見る伊勢原の里を、一気に原付で駆け抜けました。 このあたりは江戸をはじめとする関東近郊で流行していた大山詣に出かける人たちが歩く「大山道」が集まるところで、道端のところどころに見所のたえない楽しいところです。 そんな伊勢原市日…

源頼朝が愛用した名水 城ヶ島の水垂れ(三浦市)

久々に三浦半島にやってきました。三浦半島の先端、城ヶ崎に来たのは何年ぶりかなと思いますが、城ケ島の東側一帯に広がる城ヶ島公園の下側、東に突き出たあたりは「安房崎」と呼ばれています。この対岸はかつて安房国と呼ばれた房総半島先端であった事から…

一人の高僧が切り拓いた 裕慶坂と十三品塚の伝説(横浜市保土ヶ谷区)

かつて、鎌倉が日本の中心であった頃のお話です。 鎌倉幕府に何かあったとき、日本全国から武将たちが鎌倉へとはせ参じることができるように何本もの道が整備されました。 その多くは、今なお「かまくらみち」と呼ばれて人々の生活の中にあります。 広く開か…

忠臣蔵 赤穂浪士たちのゆかりの地 銚子塚と称名寺(川崎市中原区)

JR南武線、平間駅の近くの住宅街にやってきました。 現代となっては何の変哲もない、実にどこにでもある住宅街の装いですが、道を一本入ったところ、住宅やアパートに囲まれた一角に木々がうっそうと生い茂り、その根元にこんもりとした塚が残されています…

鎌倉将軍たちが信仰した 城ヶ島の洲の御崎社(三浦市)

夏の風と日差しが心地よい夏の日の午後、原付を走らせて城ケ島へとやってきました。 原付(2種)であれば、一周したって15分もあれば巡れてしまう小さな島ではありますが、島の東側一帯は「城ケ島公園」として整備されています。 この城ケ島公園の下側、…

人々の夢枕で再建を訴えた 洗足池の弁財天さま(東京都大田区)

東京23区の南端のほうに、洗足池というところがあります。 東京とはいえこのあたりはすっかり下町の風情が残るところで、また少し歩けば高級そうなお屋敷が並ぶ地域もあったりします。 そんな洗足池の住宅街にあるのが、その名も洗足池という大きな「ため…

徳川将軍家の権勢でかけられた 相模平塚の鷹匠橋(平塚市)

平塚駅近くの住宅街から岡﨑の方へ向けて原付を走らせていました。 初夏の風も心地よく、ツーリングには本当に良い季節となりました。 とちゅう、平塚市の渋田川にかかる橋を渡ろうとしたところ、橋の脇に立派な記念碑があるのを見つけて、ちょっと引き返し…

身分の違いの悲哀を伝える 五反田の乙女地蔵(伊勢原市)

陽光うららかな初夏の日、伊勢原市の岡崎のあたりにて原付を走らせていました。大山から吹き降ろす風が心地よく、自然とスロットルをふかす手に力が入ります。 このあたり、かつては大句(おおく)と呼ばれていたところで、いまでもその地名をとったバス停が…

時代の流れに姿を消した 福富稲荷の石抱き榎(逗子市)

京浜急行の神武寺駅前の通りを原付で走り抜け、神武寺駅から東側に向けてスロットルをふかしました。 やがて現れる「池子駐在所前」の交差点から南側、池子トンネルの方へ向かっていくと、少し行ったところに福富稲荷と呼ばれる、お稲荷様の小さな祠がありま…

里人たちの暮らしを今に伝える 草むらの庚申塔(三浦市)

三浦半島の先端あたりを原付で走っていて、毘沙門という所に出てきました。 この毘沙門という地名は海中から毘沙門天の木像が出てきた事にちなむもので、この毘沙門天については以前にも紹介させた頂いたことがあります。 www.miuken.net この地域のバス停「…

流行り病をいやす霊験と 帰りたかった阿弥陀如来のはなし(保土ヶ谷区)

保土ヶ谷区川島町を流れる帷子川にかかる「鷲山橋」を渡って西側につながる急な坂は、昔から「りょうけ坂」と呼ばれています。 この坂は、むかし坂の上と坂の下にあったの二つの家の住人が中心となって、村の発展のために道の整備をしたことにちなんで「両家…

明治期の職人の腕を伝える 樽町本長寺の山門彫刻(横浜市港北区)

鶴見川を渡って綱島の南に行くと、樽町というところに出ます。 現在ではすっかり宅地化もされ、綱島街道には多くの車が行き交う活発な街ですが、かつては一面の田畑が広がると共に、遠くには綱島温泉郷を眺める風光明媚なところであったと聞いています。 そ…

女工の哀話を今に伝える 川崎のおいでおいで松(川崎市)

川崎駅より東側へ1キロほど行くと、広大な敷地に芝生が鮮やかに映える川崎競馬場があります。 この川崎競馬場は、板垣退助を中心とした京浜競馬倶楽部によって、明治39年(1906年)に開設されて競馬が開催されたのが始まりとされています。 さて、こ…

神様がつけた橋の名前 日向の十二神橋(伊勢原市)

伊勢原の駅前から北上し、浄発願寺の奥の院へと至る道を登っていくと、やがて緑が目に眩しい日向の里へと辿り着きます。 この日向の里を流れる日向川は、厚木市の七沢で玉川へと合流し、本厚木の住宅街を抜けてやがて相模川へと合流していきます。 川ですか…

高麗王族の渡来人 高麗王若光をたたえる神社(伊勢原市)

厚木市を流れる玉川を遡り、分流から日向側へと遡っていくと、その川沿いの道は日向薬師の参道となっています。 そのとちゅう、のどかな農村地帯の田畑の中に、石垣の上に築かれた神社を見つける事ができます。 これは現在は日向神社(ひなたじんじゃ)と呼…

2人の美女の悲哀を伝える 小野小町ゆかりの小野神社(厚木市)

厚木市の市街地から、小さな玉川という川を遡って七沢へと向かいます。 とちゅう、左側には大手自動車会社の巨大な工場が見えてきますが、ひるがえって右側は小山の麓と谷間に民家が並び、その前には田畑が広がるといった牧歌的な風景が広がっています。 そ…

先人の苦労と信仰の名残 山王稲荷社と湯花神楽(横浜市瀬谷区)

横浜市瀬谷区を縦断して泉区を通じ、境川へと注ぎ込む和泉川は、どこを切り取ってものどかで牧歌的な風景を見せてくれる、みうけんのお気に入りの川です。 その中でも、瀬谷区の宮沢というところは、古くから開墾されて栄えてきたところです。 ここ山王橋を…

人柱になった山伏を祀った 小野の堰神社(厚木市)

厚木市西部に流れる玉川は周囲の田畑をうるおし、今なおゆるやかな流れをたたえています。 近くはだいぶ宅地開発がなされ、自動車メーカーの広大な開発工場なども整備されて発展も著しいところですが、玉川の周辺は田畑も多く、どこか牧歌的な光景を今に伝え…

戦後市民の念願を今に伝える 戦没者の忠霊塔(富士吉田市)

山梨県は富士吉田市にやってきました。 富士吉田市は個人的に好きな街ですが、富士急行の下吉田駅の裏手に新倉富士浅間神社という立派な神社があります。 この神社の歴史は実に古く、公式サイト( https://www.arakurafujisengen.com/ )によれば、飛鳥時代…

桃を持ってはいつくばる猿 里墓の地の不思議な庚申塔(横浜市港南区)

日本全国に残された石仏の中で、庚申塔というものがあります。 この庚申信仰は当ブログでも過去にたびたび取り上げていますが、人間の体内に住むと信じられていた「三尸(さんし)の虫」が干支の「庚申」(かのえさる)の日の晩、人間の体から抜け出しては人…

謀略と戦いの思い出 縁切り橋の悲話(厚木市)

厚木の中心地より日向薬師へと向かって、玉川の流れを遡上していきます。 とちゅうのどかな田園風景が心を和ませてくれ、スロットルを握る手も軽やかになる心地よいところです。 このあたりは鎌倉時代、 愛甲氏が治めていたところであったといわれています。…