みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※いままではカタい文章の書き方でしたが、徐々に改めていきます。

歴史と民話とツーリング

歴史と民話とツーリング

2020年弘明寺観音の観音護摩行に参加(横浜市南区)

横浜市南区、地下鉄の弘明寺駅を降りて門前の商店街を抜けたところに秀麗な山門が見えてきます。京浜急行の弘明寺駅からも近いです。 このお寺は、横浜市最古の歴史を誇ると言われている高野山真言宗のお寺、瑞應山 蓮華院 弘明寺(ずいおうさん れんげいん …

蓮如上人の霊跡 信誠寺の大銀杏の老木(横須賀市)

横須賀の大津高校の裏手にあるのが、浄土真宗本願寺派の嶂谷山 信誠寺(しょうこくさん しんじょうじ)である。 この寺はもとは真言宗の寺院であったものを、親鸞上人がこの地に布教に来た時に浄土真宗に改めたものとされている。 この山門を入ったところ、…

知る人ぞ知る海軍英霊の墓地 横須賀の馬門山海軍墓地(横須賀市)

京浜急行電鉄、新大津駅と北久里浜駅の中間にあり、ちょうど線路の脇にありながら車窓からは見えず、その存在すらなかなか知られていない墓地がある。 この墓地の入り口は国道134号線の根岸5丁目交差点近くから入る路地のところにひっそりとあり、目立っ…

空虚に空を見つめる 城堀の道祖神(湯河原町)

JR線の湯河原駅から東へ250メートルほど行ったところ、城堀というところに産土八幡神社があります。 この神社じたいは特に目的地に設定していませんでしたが、その脇にあった道祖神が気になったので原付を停めてみました。 左手に大小合わせて2体、石…

戦争の先陣にされたか 現代の「平和観音」(綾瀬市)

綾瀬市の県立綾瀬高校の裏手に、とても立派なお寺があります。 曹洞宗寺院、陽廣山 報恩寺で、江戸時代初期の慶長7年(1602年)開山という歴史の古いお寺です。 このお寺は観音様に対する愛情がとても深いのでしょう。 あちらこちらに観音様を讃える姿…

法華経と共に生きた 長寿の尼僧「綱の尼」(海老名市)

海老名駅から小田急線に沿って北上していくと、線路沿いの住宅街の中に大きく開けた芝生の公園があります。 公園とは言っても目立った遊具などはありません。 その中には小さな庚申堂の祠と、いくつかの石仏が残されていますが、ここはかつて相模国分尼寺が…

開発の波に消えていく 舞岡熊之堂の祠と古道(横浜市戸塚区)

戸塚駅から東に向けて1キロたらず、豊かな森と団地に挟まれた一角に「舞岡熊之堂」という交差点がある。 熊之堂というのは熊野権現堂を指すのだろうが、それらしきお堂は近くには見当たらないので、この交差点名の由来がずっと気になっていた。 地域資料に…

正覚寺の無縁仏群に うたた寝する観世音菩薩(横浜市港南区)

横浜市営地下鉄の港南中央駅から山側に登っていくと、港南中学校の裏側の高台にうら手の高台に、松本山法身院・正覚寺という浄土宗の古刹がある。 普段は訪れる人もあまりない、観光地化もまったくされていない所謂「檀家寺」であるが、住宅街の中にありなが…

観音様を信仰した女性の墓か 湯河原の庵寺(湯河原町)

東海道線真鶴駅から真西がわ、湯河原の福浦郵便局前のバス通りを少し登ったところに、石垣と古木の陰にひっそりとたたずむ無人の堂宇があります。 地元では、庵寺(あんでら)と呼ばれています。 この寺について、わざわざ来ようとして来たわけではありませ…

信仰に生きた女傑の母 性殊院殿の墓(南足柄市)

伊豆箱根鉄道の大雄山駅から、足柄峠へと向かう県道78号線を西へ向かうと、雨坪の里に日蓮宗寺院である関本山 弘行寺(ぐぎょうじ)というお寺があります。 この弘行寺の起源はとても古く、弘安5年(1282年)に日蓮上人が身延山久遠寺から池上の本門…

質素と公正に生きた 青砥藤綱の墓(横浜市金沢区)

横浜市と横須賀市を南北に結ぶ国道16号線は通称「横須賀街道」とも呼ばれています。 その交通量はたいへん多く、いつも数えきれない程の車たちが砂埃を上げながら北へ南へと疾走していますが、その一角に青砥(あおと)という交差点があります。 この近辺…

十王と閻魔と人頭杖の伝説 三崎東岡の廃寺・無縁寺(三浦市)

三浦市のバス停「三崎東岡」のあたりまで来れば商店も多く、かつての三浦三崎の賑わいをかすかに留めるところです。 この三崎東岡のバス停から少し南下した所の角を入っていくと、路地の脇に古びたコンクリート製の階段が見え、その脇に簡素な地蔵堂が建って…

範茂記念公園に眠る 公家の哀話(南足柄市)

伊豆箱根鉄道大雄山線の終点である大雄山の駅から、北側へ500メートルほど原付を走らせ、怒田の里を見下ろす小高い丘の上まで上り詰めていく。 そこは広々とした範茂記念公園と呼ぶところで、ここからは指呼の間に開成の街並みと遠く流れる酒匂川を眺める…

福徳とカヤの両祭神 下宮田の飯森神社(三浦市)

三浦半島のランドマークである引橋の交差点から、三浦海岸に至る道が国道134号線です。 国道とはいっても平日の昼間ともなれば、通る車も地元の車ばかりとなります。まさに地元の方の生活道路といった感じがします。 その134号線の下宮田交差点から西…

仇討ちの悲話を今に伝える 源実朝の首塚(秦野市)

小田急線秦野駅から北へ向けて20分ほど原付を走らせると、やがて長閑な農村風景の中に家屋が点々とする東田原の里へ出ます。 その東田原の駐在所の裏手にある田原ふるさと公園の脇には、源実朝の首塚といわれている五輪塔が今もひっそりと立っています。 …

冥土の旅を明るくする 笑う奪衣婆と閻魔大王(湯河原町)

JR東海道線、湯河原駅の裏あたりには線路に沿って狭い道が続いています。 この宮下の辺りはかつて、一面のミカン畑だったそうですが現在は徐々に新しい家も建って新興住宅街へと変わろうとしています。 そんな宮下の里の片隅に、決して観光客などは来ない…

かつては神域と恐れられた 剱崎の星見の池(三浦市)

三浦半島をツーリングしていてよく通るのが、三浦半島南端をぐるりと周回するように走る県道215号線である。 この215号線の剱崎バス停の南の信号を入って海沿いに降りていくと、そこは道しるべもなく通る人も少ない細い農道となっていく。 どこまでも…

里人から恐れられた 根本坂の今日塚(三浦市)

交通量の多い三浦海岸の駅前の道を山側へと登り、青木田公園の角を右に入ります。 この先はかつて田んぼばかりだった谷戸で、現在は開発され住宅街となっていますが、この先の2つ目の角を左に折れると右手の畑の上に山林を見上げる奥まった道となります。 …

唖(おし)を気にした 和田の天王様(三浦市)

わが蔵書「三浦半島の史跡と伝説」(松浦豊著)という古い本に、気になる話が載っていました。 和田にかつてあった天王様のご祭神は「唖(おし)であった」というのです。 唖(おし)という言葉は現在ではすっかり死語になってしまいましたが、要は上手に話…

親子の哀話を今に伝える 永谷天満宮の由来(横浜市港南区)

横浜市営地下鉄の上永谷駅から北側の、環状2号線沿いのところにあるのが上永谷地区の鎮守さま、永谷の天神さまとして親しまれている永谷天満宮である。 この永谷天満宮は学問の神様である菅原道真が、自らの姿を鏡に映して自分で彫り上げたとされる、3つし…

寒川神社末社・宮山神社と 豆腐の神事(寒川町)

JR相模線の宮山駅から、早春の長閑な住宅街の中を歩いていくとやがて相模国の一之宮として名高い寒川神社に着くことができるが、その寒川神社の末社として脇に鎮座するのが、宮山神社という社である。 現在では寒川神社の末社として、目立たない存在でもあ…

和田義盛の遺勲を伝える? 初声の矢羽の壁(三浦市)

三崎口の駅前の三崎街道を北上し、初声小学校入り口の交差点を東へ入ると初声市民センターがあります。 このあたりは初声と書いて「はっせ」と読み、平安時代から鎌倉時代にかけて三浦一族の豪将であった和田義盛公の所領となった場所でもあります。 何の気…

処刑された修行僧の悲話 秦野の道永塚(秦野市)

小田急線の秦野駅の北側、神奈川県道70号秦野清川線は国道246号線名古木交差点から宮ケ瀬へと向かう主要道路です。 その秦野清川線の藤棚バス停の南側の分かれ道のところに、こんもりとした塚とともに、いくつかの石碑が建っているのを見ることが出来ま…

もはや誰が手を合わせるだろう 森の中の湧水稲荷(大磯町)

神奈川県の西側、海沿いに位置する大磯町はあまり広い町ではありません。 しかし南側は悠遠の相模灘に面し、北には秦野盆地へと続くなだらかな丘陵が広がる、温暖で風光明媚な土地であるばかりでなく、旧東海道が通っていたことから人々の往来も多かったので…

お礼参りに貝の首飾りをいただく 津久井の岩船地蔵さま(横須賀市)

京浜急行津久井浜駅前のバスロータリーから、海のほうに向かって原付を走らせていると、短い商店街が続いています。 ロータリーから50メートルもいくとすぐに十字路にさしかかり、その近辺はすっかり閑静な住宅街へと変わっていきます。 交差点を右に入る…

伊豆大島から放った矢が落ちた 三浦半島南端の矢の根井戸(三浦市)

三浦半島をツーリングしていてよく通るのが、三浦半島南端をぐるりと周回するように走る県道215号線である。 この215号線の剱崎バス停の南の信号を入って海沿いに降りていくと、そこは道しるべもなく通る人も少ない細い農道となっていく。 どこまでも…

生徒愛の血で線路を染めた 龍崎ヒサ先生の墓(横須賀市)

横須賀は小矢部の里、住宅地と山林に挟まれるようにしてあるのが、曹洞宗寺院の万年山 大松寺(まんねんさん だいしょうじ)です。 なぜか、ディープなスポットを巡る「ディープシティ横須賀」というサイトでも紹介されていますが、ディープとは程遠い、高台…

あまりに巨大で運べなかった 落幡延命地蔵(秦野市)

小田急線の鶴巻温泉駅から駅前の通りを南下していくと、ほどなくして延命地蔵尊前という交差点にさしかかる。 このあたりは落幡といって、以前紹介した「中将姫」が織り上げたという大きく美しい幡(旗)がこの地に舞い降りたという伝承が、落幡という地名の…

虎御前と旅人たちの足あと 東海道の化粧井戸(大磯町)

神奈川県を東西に分ける相模川を渡り、国道1号線を西に向かって進んでいく。 この道はかつての東海道で、江戸から京都を結ぶ主要な街道であったが、現在は交通量が多く、自動車向けに整備された大通りとなっている。 そんな国道1号線を進み、花水川を渡っ…

旧街道の旅人たちを見守り続けた 二つ塚の道標(秦野市)

小田急線の渋沢駅から南側、曲松一丁目の交差点のあたりが、かつての街道である矢倉沢往還の道となる。 矢倉沢往還は過去記事でも紹介したが、江戸の赤坂見附にあった赤坂門を起点として武蔵国、相模国から足柄峠を経て駿河へと至る街道であった。 江戸時代…