みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※いままではカタい文章の書き方でしたが、徐々に改めていきます。

身分の違いの悲哀を伝える 五反田の乙女地蔵(伊勢原市)

陽光うららかな初夏の日、伊勢原市の岡崎のあたりにて原付を走らせていました。
大山から吹き降ろす風が心地よく、自然とスロットルをふかす手に力が入ります。
 
このあたり、かつては大句(おおく)と呼ばれていたところで、いまでもその地名をとったバス停があります。
その「大句バス停」から西南に200メートルほどいったところの住宅街の中に、小さな地蔵堂があるのを見つけました。

 

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この地蔵堂こそが、伊勢原市のなかでも悲話として名高い「五反田の乙女地蔵」と呼ばれるお地蔵さまで、今なお語りつがれる悲しい話が残されています。

 

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むかし、このあたりでいちばんの大地主が、この大句に屋敷を構えていました。
この大地主は、たくさんの使用人や奉公人をやとっていましたが、そのうちのひとりの娘はたいへんに美しく、しかも気立てが良い娘がおりました。
 
大地主の一人息子が、この娘に思いを寄せるのも無理はなく、大地主は息子から「この娘を嫁にしたい」と相談を受けます。


しかし、大地主の跡取りと所詮は使用人、身分が違いすぎるという事でなかなかウンと言わない大地主でしたが、もともと娘の気立ての良さ、陰ひなたのない働きぶりをよく知っていた大地主は、やがて「この娘なら、息子をよく助けて働き、この家を盛り立ててくれるだろうか」と考えるようになったのです。
 
ところが、大地主が許したところで親戚の者はそうはいきません。
現代のように、結婚というものは個人と個人の間で行われるものではなく、一族と一族が結婚すると言われていた時代です。


ふたりの身分の問題は当時としては大きな問題で、たかが奉公人の娘が、こともあろうに本家に嫁入りなどとは到底容認できないという声が根強く、二人の婚姻話はまったく進まなかったのです。
 
そのうち、意地の悪い親戚のひとりが「本当に働き者かどうか、試してみようではないか。あの広い五反田に一人だけで田植をさせてみよう。 もし一日で田植えが終わるなら、嫁にみとめてやろうではないか」というのです。

 

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五反田というのは、東京にも同じ地名がありますが、一枚だけでも五反の広さがある田んぼのことです。
当時の単位で1反が1平方キロメートル(10アール)ほどですから、かける5とすると約5平方キロメートル。東京ドームの10分の一くらいの広さとのことですが、とうてい一人で、しかも一日で田植えできる面積ではありませんでした。
 
娘は、日の出とともに五反田に入り、無我夢中で稲を植え続けます。
さすがに手慣れたもので、休みも取らずにひたすら稲を植え続けていきますが、固唾を飲んで見守る息子の心配もむなしく、植えても植えても終わりが見えることはありませんでした。
 
時間はたち、陽が沈み始めますが田植えは全く終わっていません。
それでもあきらめる事なく稲を植え続けた娘でしたが、とうとう陽が沈み終わろうというとき、娘は稲を植える手をとめると、沈んでいく陽にむかって一心に手を合わせ、どうかもう一度陽が昇ってくれるように、と念じたのでした。
 
すると、不思議なことに沈みかけた陽が、巻き戻しでもしているかのように戻り始めて五反田を照らしたのです。
娘は驚くのもそこそこに、再び稲を植え続けます。


娘はわき目もふらずに一心不乱に植え続け、ようやく植え付けが終わるとそのまま倒れこんでしまいました。

 

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太陽は、その倒れこんだ娘を見守り終わるとあっという間にもとのとおりに沈んでしまいました。
 
すっかり暗くなった五反田に倒れた娘を村人が抱きかかえたとき、すでに娘は息絶えていたと言います。
 
やがて、月日が流れて秋祭りの日となるころ、周りの田んぼでは稲がたわわに実り、稲穂が重たそうにこうべを垂れているのにもかかわらず、娘が植えた五反田の稲には、ひとつぶの米も実らなかったそうです。
 
村人は、一心不乱に稲を植えながらも嫁入りがかなわなかった娘を哀れに思い、五反田を見下ろす小高いところに石のお地蔵さまを建ててねんごろに供養しました。
このお地蔵さまは今なお乙女地蔵とよばれ、むかしむかしの悲しい話を今に伝えています。

 

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似た話は、三浦半島の小松が池などにも同じような伝説が残されています。
 
 

www.miuken.net

 

いま、夕暮れの日が傾きかけたとき、古びたお地蔵様のまえにひとり膝まづいて香華をたむけ、そっと手をあわせるとき、かつてここから見渡した一面の水田のなか、一人の女が一心不乱に稲を植え続けていた在りし日の思い出がそくそくと蘇るかのようです。

 

 

 

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