みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※いままではカタい文章の書き方でしたが、徐々に改めていきます。

②歴史と民話とツーリング-相模原市

相模湖畔に優美な彫刻を見せる 霊験あらたかなる與瀬神社(相模原市)

先日、相模湖畔に残された「御供岩」の話を紹介しました。 www.miuken.net その際に、近くにある「與瀬神社」に行きました。 この與瀬神社は「よせじんじゃ」と読みますが、地元では「与瀬蔵王権現」「与瀬のごんげんさま」と呼ばれ、また単に「ごんげんさま…

神奈川県民と産業を支えた 相模湖のダム殉職碑(相模原市)

人が生きていくうえで、ありとあらゆる生物が生きていく上で欠かせないもののうちの一つに、水があります。 それは神奈川県に住む905万人にとっても例外ではないのですが、その県民の暮らしを支える「水がめ」のひとつに、相模ダムによって作られた人造湖…

万民のために命を捨てた 義士「土平治」の生家あと(相模原市)

相模湖の東側にある相模湖プレジャーフォレストの正門前の交差点を南にいきますと、すぐに八幡神社の鳥居の前から西側へとカーブして奥牧野相模湖線という山奥の道路に入っていきます。 相模湖プレジャーフォレストの正門前の交差点から5キロ少々進んでいく…

時代の波に消えゆく 四軒村と椿稲荷の伝説(相模原市)

JR淵野辺駅から北側に1.3キロほど行ったところに、「相模つばさ幼稚園」という幼稚園があります。 いつもは幼児たちの楽しそうに遊ぶ声や、声を合わせて歌う声が聞こえてとてもにぎやかなところですが、この幼稚園の向かいには、木々に囲まれた立派なお…

小山田氏の悲話シリーズ(3)自害をとげた折花姫の哀話(相模原市)

戦国の武将、小山田氏のについてのお話もいよいよ最終話となりました。 今回はジィジ宮から2キロほど離れたところにある、 折花神社という神社です。 この神社は蛇のように複雑に蛇行する道志川の、迫り出すようにした川岸の上にひっそりと建っている無人の…

小山田氏の悲話シリーズ(2)ジジイ宮とバァバァ宮(相模原市)

ちょっと前置きが長くなりますが、今回のお話と深くかかわっているので、よろしかったらお読みください。 むかし昔のお話です。 現在でいう町田市小山田の「小山田荘」というところで、秩父氏の傍流である小山田氏という一族が興りました。 その祖である小山…

小山田氏の悲話シリーズ(1)小山田八佐衛門行村の墓標(相模原市)

もうすっかり秋となり、山々では木々が黄色に紅色に色づき始め、野山ではリスや鳥たちが忙しく冬支度をする季節に、津久井湖のほとりから道志川に沿って山あいを縫うようにして進み、やがてう山中湖へと続く国道413号線を西に向かって進みました。 やがて…

巨人の残した土か 相原のめいめい塚(相模原市)

JRと京王線の橋本駅の西側、橋本郵便局前のバス通りを西に進み、「相原薬局」の角を右に折れて住宅街の中に入っていきます。 すると、すぐに住宅街の中にフェンスに囲まれた一角があり、その中に松の木が植えられているのを見ることが出来ます。 この時に…

水中より出現した御神体の伝説 相模湖畔の御供岩(相模原市)

神奈川県の北西部には、県民の水がめとなる人造湖がいくつもあります。 いつも満々と水をたたえて県民の豊かな生活を支え、またレジャーの場所として、景勝地としても神奈川県民からは大いに親しまれています。 そのうちの一つが「相模湖」で、昭和22年(…

三増峠合戦の悲哀を伝える 首洗い池と浅間神社、そして馬塚(相模原市)

神奈川県の北西部、相模湖と津久井湖を結ぶ相模川のほとりは山深いところです。 その光景は、山々の合間に新しい家と古い家が混在した神奈川県に多く見られる新旧折り重なった光景でもあります。 そのような街を通る主要な道路のひとつに国道412号線があ…

月を信仰した女たちの思い出 蓬莱橋の二十三夜塔(相模原市)

境川の上を京王相模原線がまたぐところから、眺めの良いサイクリングロードを約500メートルほどさかのぼった所にかかるのが「蓬莱橋」です。 蓬萊(ほうらい)とは古代中国における神仙思想の中で、東の海上(または海中)にあるとされる、仙人が住むとい…

鳩川のほとりに住んだという 小豆とぎ婆の伝説(相模原市)

かつて「さがみっぱら」と揶揄された相模原市も現在では発展著しく、かつての原野や田んぼはすっかり開発され、里山は切り崩されて住宅街へと変貌を遂げています。 その相模原市の中を流れる鳩川の辺りは、川にそってうっそうとした森の中に沼が点在するよう…

酒乱の弟に別れを告げた 上溝の縁切り橋(相模原市)

神奈川県の相模原市には、「縁切り橋」という伝説が残された橋が2つあります。 片方は、境川の縁切り橋で、東淵野辺2丁目と町田市木曽西12丁目を結ぶ中里橋。 こちらは南北朝時代に、淵辺義博が妻子とお別れしたという伝説が残っており、「縁切り榎」と…

橋本駅誘致を今に伝える 駅前の碑(相模原市)

神奈川県西北部のターミナル駅である橋本駅の北口を出て、すぐ西側に細い路地が続いています。 位置関係を文章で説明するのも難しいので地図を見ていただきたく思います。 この路地は 駅近くでありながらこれといったお店なども少なく、時折駐輪場に出入りす…

戦後日本の発展を支えた 国鉄自動車修理工場の記憶(相模原市)

神奈川県の中でも北西に位置するターミナル駅にJR線と京王線の橋本駅があります。 この西側、現在は橋本郵便局・ホームセンターコーナン・北警察署から橋本公園までに至る一帯は、国鉄の橋本自動車工場という工場があったところです。 現在、地域の中心と…

今なお信心を集める 氷川神社の子育て地蔵さま(相模原市)

JR横浜線の相模原駅とJR相模線の南橋本駅の中間のあたり、その名も「氷川通り」の走る「氷川神社前」の交差点のところにあるのが相模原市清新の氷川神社です。 ここの御祭神は「素盞嗚尊(すさのおのみこと)」であり、日本神話の天岩戸のお話では乱暴狼…

落ち武者の無念を慰めた 橋本駅前の忠霊塔(相模原市)

JR線と京王線が繋がり、発展も著しい橋本駅界隈は、今となっては横浜や横須賀の主要駅に近いほどの賑わいようです。 しかし、これほどまでに発展した橋本もかつては戦国時代の甲冑が発掘されたことがある因縁の場所なのです。 その場所は橋本2丁目交差点…

夫婦和合と性器の神様 お寺のエロティックな道祖神(相模原市)

家族連れやカップルでにぎわう相模湖リゾートプレジャーフォレスト、静かな湖面と緑の山々が見た目にも瑞々しい風光明媚な相模湖のほとりに、山の木々に抱かれるようにしてあるのが臨済宗建長寺派の寺院、大智山 正覚禅寺です。 この正覚寺は、約1100年…

出征兵士を見送り また迎えた里山の碑(相模原市)

相模湖畔の南側、風光明媚な山の中を縫うようにして走るのが神奈川県の県道517号線です。 この辺りは最近まで神奈川県津久井郡藤野町という町でしたが、最近になって相模原市へと合併されて相模原市の一部となりました。 道沿いにチラホラと民家は立って…

里人たちの信仰絶えない 上矢部の薬師堂(相模原市)

相模原市のなか、広大な敷地を誇る米軍相模原補給廠(返還決定)の近くに、普段は静かな住宅街である上矢部という地域があります。 このあたりは観光地でもないので訪れる人も限られていますが、中世には豪族矢部氏が城を構えるなど、なかなかに歴史が深いと…

今でもよだれかけが奉納される 子育て地蔵と夜鳴き地蔵(相模原市)

JR相模線の線路と並ぶようにして流れる鳩川は、古くから人々の暮らしに密接してきた川です。 そのため、この流域には昔からいろいろな逸話が残されています。 ある日、南橋本駅と上溝駅のちょうど中間あたりの「てるて幼稚園」の近くを原付で走っていたと…

矢部義兼の無念の死を慰める 上矢部の板碑(相模原市)

JR横浜線の車窓から、どこまでも続いているかのような広々とした草原の中に、いかにもアメリカ風といった建物や軍用車両が並んでいる様を見ることができますが、これが米軍相模原補給廠です。 ベトナム戦争の際には破壊された戦車の修理工場などとしても機能…

侍に斬りころされた 天応院の墓標石塔(相模原市)

以前、戦国武将であった北条氏照と、その一人娘であったとされる貞心尼の伝説を書いたことがあります。 その貞心尼の墓があるというのが、相模原市下溝にある龍淵山 天応院です。 このお寺は曹洞宗で、もともと栃木県の佐野にあったそうですが戦国時代に焼失…

狐憑きを封印した 氷川神社の福徳稲荷(相模原市)

JR横浜線の相模原駅とJR相模線の南橋本駅の中間のあたり、その名も「氷川通り」の走る「氷川神社前」の交差点のところにあるのが相模原市清新の氷川神社です。 ここの御祭神は「素盞嗚尊(すさのおのみこと)」であり、日本神話の天岩戸のお話では乱暴狼…

巨人の足跡が沼となった 鹿沼公園のでいらぼっち伝説(相模原市)

JR横浜線の淵野辺駅の南側に、鹿沼公園という公園があります。 駅前の立地でありながら交通公園や池、本物の蒸気機関車の展示などがあり、広々とした公園でいつも子供たちの憩いの場となっています。 駅前の住宅地で、このような立派な公園があるというこ…

御真影奉安殿を社殿に活用 下九沢の日之森神社(相模原市)

JR相模線、南橋本駅からまっすぐ西側へ2キロほどいったところ、相模原北公園近くのバス停に面した一角にこぢんまりとした神社があります。 この神社は「日之森神社」というのが正式なようですが、一般に広く「日の宮さま」と呼ばれ、特に境内は「お日の森…

白蛇が社殿を移築した 清兵衛新田の氷川神社(相模原市)

JR横浜線の相模原駅とJR相模線の南橋本駅の中間のあたり、その名も「氷川通り」の走る「氷川神社前」の交差点のところにあるのが相模原市清新の氷川神社です。 ここの御祭神は「素盞嗚尊(すさのおのみこと)」であり、日本神話の天岩戸のお話では乱暴狼…

苦難を乗り越え永遠の愛を手に入れた おはんと清吉の恋物語(相模原市)

相模原市の、どの駅からも遠く離れた大島というところがあります。 観光客なども決していないような静かな住宅街で、近くには相模川が流れているくらいのところです。 そんな静かな住宅街の一角に、日蓮宗寺院である三宮山 法性寺があります。 このお寺は、…

主君への忠義を守り通した 惣吉と惣吉稲荷(相模原市南区)

町田駅の南側、鶴園小学校の東側のところは比較的新しい住宅街ですが、どこかしら昔懐かしい雰囲気も漂わせています。 土地の人は、この辺りを古くから中和田とよんできました。 その中和田にある小ぢんまりとした神社が、いわゆる惣吉稲荷です。 惣吉稲荷は…

荒波を鎮め旅を守る 泉龍寺の一葉観音(相模原市)

相模原市上鶴間本町の、境川の流れのほとりに中和田というところがあり、その中心となっているのが曹洞宗寺院である中和山 泉龍寺です。 このお寺はもともと浄土宗の西光庵という庵でしたが、戦国時代から江戸時代にかけて曹洞宗に改められ、名も泉龍寺と改…