みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※いままではカタい文章の書き方でしたが、徐々に改めていきます。

弁天さまの願いが姿を現した 正観寺の大蛇伝説(横浜市保土ヶ谷区)

相鉄線は西谷駅を出発して横浜方面へと向かうと、やがて横浜方面へ行く線路と、新横浜方面へ向かう線路に二手に分かれます。

この新横浜へ向かう線路はつい最近開通したものです。

 

この分岐した線路に挟まれるようにして、住宅街の中に建つ静かな寺院が、曹洞宗寺院として名高い補陀山 正観寺です。

 

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このお寺はもともと、戦国時代にこのあたりを納めた北条氏の家臣団、「小机衆」の一団をなす矢上城城主、中田加賀守の菩提を弔うべく、息子の中田藤左衛門が父の守り本尊であった弘法大師作と言われる観音像を奉納したのが始まりとされています。

 

このようにたいへん歴史深いお寺ですが、現在の本堂はモダンなコンクリート造りになっています。

 

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正観寺というからには、御本尊様は観音さまであろうと思っていましたが、やはり江戸後期に編纂された歴史史料である「新編武蔵国風土紀稿」の「都筑郡・神奈川領・川島村」の項では「本尊観音」と紹介されていました。

 

正観寺
除地六畝十八歩 村の東北の隅にあり 曹洞宗 これも雲松院末 補陀山と號す 本尊観音を客殿に安す 客殿は六間に四間東向なり 立像にして長二寸ばかり 弘法大師の作なりと云 當寺はもとの名主中田藤左衛門と云もの僧珠牛を開山として建立するところなり 珠牛は元禄元年九月十七日寂せり。


観音堂
客殿の右にたてり 三間半に三間の堂にて 本尊正観音は坐像にて 長一尺 堂の側に建武元年の碑あり。
神明祠
堂の左にあり この祠に一畝十六歩の除地を附せり。

 

なお、「観音堂」の御本尊さまは「聖観音」さまであるようです。

この日に拝受した御朱印も聖観音さまのものでした。

 

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さて、このお寺の本堂、その向かって左手には弁財天さまの岩窟がいまも大切に祀られています。

ここにおわす弁天さまには、聞くも不思議な伝説が残されています。

 

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ここの弁天さまは、むかしから山に掘った横穴に納められていたそうです。

ある日、その山のガケが崩れてしまい、弁天さまのお宮もろとも埋もれてしまうということがありました。

 

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それから何十年もたったある日、誰もが弁天さまの事を忘れてしまっていた頃に、村の若衆の夢枕に弁天さまがお立ちになるようになりました。

 

弁天さまは、つやつやとした大蛇の姿をしており、美しい声で訴えてきます。

わたくしは正観寺の弁財天ですが、窟(いわや)がふさがってしまい困っています。

このままでは、世の中のことを知ることも、わたくしの声を届けることもできません。

どうか、窟を掘り直して、またもとのようにして欲しい───。

 

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若衆たちは、俺も同じ夢を見た、俺も、俺も、というので、さっそく正観寺の住職のところへ行き穴を掘らせて欲しいと頼みました。

 

すると、住職の夢枕にも同じ大蛇の夢を何度も見るということで、住職が読経をする中でさっそく穴掘りが始まったということです。

 

この日から、大蛇は誰の夢にも出なくなりました。

それどころか、壊れていたお寺もすっかりきれいに再興され、ますます繁栄を極めたということです。

 

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これで村人たちも一安心したのもつかの間、しばらくするとまた大蛇が現れては家々を荒らすようになり、これはどうしたことかと村人たちも首をかしげました。

 

畑の作物は踏みつぶされ、田の稲はなぎ倒され、人々が住む家まで壊されるとあっては村人も生きた心地はしません。

 

これはどうしたことかと住職を中心に幾度となく寄り合いが開かれ、村人の誰かが「我々は確かに穴は掘ったが、肝心の弁天さまは納めてはいないではないか。これでは弁天さまがお怒りになるのももっともだ」と言い出すので、またお金を出し合って立派な弁天堂を建て、盛大に供養したということです。

 

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そのかいもあってか、村に再び大蛇が出ることは無くなりました。

村人たちは、再び安心して眠りにつく事が出来るようになったということです。

 

いま、静かな風が吹き、木々の梢がこすれる音だけがこだまする正観寺の境内をあるき、 薄暗い弁天窟のなかでひとりそっと手をあわせるとき、洞内に響く水の流れる音だけが数百年の営みを今に伝え、弁天さまの加護を信じて一心にこの穴を掘り進めた村人たちの姿がにわかによみがえるかのようで、あまりの時間の流れの速さに感慨もひとしおです。

 

 

 

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