みうけんのヨコハマ原付紀行

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現世に生きる虚しさを説いた 三浦道寸公父子の辞世の句【三浦荒次郎義意公編】(三浦市)

前回では、三浦氏最後の領主といわれる三浦道寸義同公の辞世の句を紹介しました。
 
 
では、その息子とされる三浦荒次郎義意公はどうでしょう。
 
三浦荒次郎義意公は「英雄百首」に三浦道寸義同公と並んで紹介されています。
三浦道寸義同公の子にして、弱冠ながら身の丈は七尺五寸、今にして2メートル27センチもあったとされ、筋骨隆々として髭は濃く、八十五人力と評されるほどの勇猛果敢ぶりだったといいます。
 
その三浦荒次郎義意公が使ったのが2メートルを越える金棒で、これを一振りすれば北条方の軍勢は近づくものすらなかったと言われています。
 
 
この三浦荒次郎義意公のお墓は、少し目立たないところに残されています。
京急油壷マリンパークの駐車場の裏手のところ、胴網海岸におりていく坂道の入口の脇にあります。
 
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こちらも家紋は「丸の内に三つ引」です。
よく、家紋の資料では三浦氏の家紋は「三浦三つ引」とされていますが、三浦半島の三浦氏関連の史跡をたずねると、「丸の内に三つ引」が多く使われているようです。
  
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こちらはみうけん家に伝わる、古い紋付の家紋を写したもので、少し引き両が太くなっています。
こちらの方が「三浦三つ引」に近いような気がします。
  
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さて、この三浦荒次郎義意公も辞世の句を遺しました。
  
 君が代は 千代に八千代も よしやただ
  うつつのうちの 夢のたはぶれ
  
この意味を考えてみましょう。
「君」とは、いろんな解釈があります。天皇、帝、主君、愛する異性。
古今和歌集」の詠み人しらずの歌から国歌にした「君が代」の「君」というのは、天皇陛下の事であるか、それとも愛する異性のことか、はたまた我が子のことか、本当のところはハッキリしていなかったのだそうです。
実際、「君」という言葉をつかったいにしへの和歌をみると、その使われ方や意味はさまざまです。
 
江戸時代まで日本には国歌はありませんでしたが、明治時代に入ってイギリス軍の軍楽隊教官だったジョン・ウィリアム・フェントンの申し出によって和歌に節をつけたのが現在の「国歌君が代」です。
 
このころから「君」とは天皇陛下、「君が代」とは「天皇陛下の治世」という考えが民衆にも定着していくことになりました。
考えてみると、日本の国歌の発案者がイギリス人というのも面白いものです。
 
話がそれましたが、以上のような経緯から、三浦荒次郎義意公が残された辞世の句の「君が代は」も、実際に誰の事を指しているのかは三浦荒次郎義意公にしか分からないと思います。
  
 君が代は 千代に八千代も よしやただ
  うつつのうちの 夢のたはぶれ

 
千代に八千代も、というのは千年も万年も。
よしや、とは古語で「もうどうでもいい」といった意味を持つそうです。
うつつのうち、とは現実の世界。
夢のたはぶれ、とは夢物語、仮想世界。
 
すなわち、
「君」の世界が千年も万年も続こうが、どうでもいいことだ。
所詮、そんなものは現実という夢物語にすぎないのだから。
 
三浦荒次郎義意公は、この「君」のことを誰と考えてこの句を残したのでしょう。

天皇の事か、帝の事か、父であり領主であった道寸公のことか。


もしかすると、「君」とは自らを滅ぼしてこれから繁栄していく北条氏の事をさす痛烈な皮肉で、やがて豊臣秀吉によって北条氏が滅亡することを予期してのことかもしれません。
 
この解釈は、あくまでもみうけんの推測にすぎませんが・・・。
 
この、三浦道寸義同公が残した辞世の句も、三浦荒次郎義意公が残した辞世の句も、その真意は、三浦道寸義同公の墓の脇に残された小さな五輪塔が物語っているのかもしれません。

 

この五輪塔は、三浦道寸義同公の本来のお墓であったか、それとも従者のお墓であったか、もしかすると全く関係のない人のお墓であったか。
それすら分からない小さな五輪塔です。
 

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人間なんてものは、どんなに強くても、どんなに勢力を拡大しても、所詮死んでしまえば誰も変わることもなく土に還っていくだけの存在であるということ。
 
どんなに逸話を残そうと、どんなに誉れ高かろうと、所詮は人の世の夢物語でしかなく、この全宇宙の中ではとても小さな存在であること。
 
そんな、戦国の乱世に生きた人々の、生死に対する達観が聞こえてくるかのようです。
 
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蛇足ですが、お墓には卒塔婆が納められていました。
この卒塔婆には、小田原にある居神神社(いがみじんじゃ)の名がありました。
居神神社の主祭神は三浦荒次郎義意公です。ここにも三浦氏にまつわる交流が見られます。
 
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いま、すっかり平和となった油壺の海を眺めながら、この五七五七七の短い句を口にして詠んでみました。
 
寄せては返すさざなみのなか、かつてここで矢に倒れ、自らの首をかき切った名もなき将兵たちの断末魔の叫びが、波の音に載って聞こえてくるかのようで、ここにも時の流れのはかなさをしみじみと感じたのです。
 

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