みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※いままではカタい文章の書き方でしたが、徐々に改めていきます。

百姓たちの仕事を手助けした 井細田の足下地蔵尊(小田原市)

小田原駅の東北がわ、大雄山線井細田駅のあたりは閑静な住宅街で、どこかなつかしく昭和の雰囲気を残すところです。

このあたりは小田原城とも近く、酒匂川や街道とも近いので昔から人々の往来も多かったところだと思います。


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細田と書いて「いさいだ」と読ませるその街を原付で走っていると、たくさんの提灯が飾られた一角に目を奪われました。

これらはみな、この地域で商いを続けるお店たちでしょう。

多くの人から篤い信仰を受けていることがうかがえます。

 

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ふと見ると、入り口の脇に揮毫石塔が建てられていました。

実に力強く、立派な筆跡で書かれた「南無阿弥陀佛」の6文字は素晴らしいもので、思わず目を奪われてしまいます。

 

おそらく、この石塔の裏にでも建立された日付が刻まれていることと思いますが、残念ながら見ておくのを失念してしまいました。

 

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さて、まず入り口に入る前からいろいろと書いてきましたが、このお堂は井細田の足下地蔵(あしさげじぞう)さまと呼ばれる地蔵尊のお堂です。

 

「足下」が「あしもと」ではなく「あしさげ」と呼ばれるのは、片足を下げてお座りになっている、いわゆる「半跏像」というものだからだそうです。

 

この地蔵菩薩像の歴史は古く、戦国時代が終わって江戸時代が始まったばかりの慶安2年(1649年)、時の小田原城城主であった稲葉正則が、地蔵尊に深く帰依していたことから鎌倉の仏師に造らせたと伝えられている由緒正しいものである、と伝わっています。

その胎内には、さらに半跏像の小さな地蔵菩薩像が収められているそうです。

 

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この足下地蔵は、別名「はなどり地蔵」とも呼ばれています。

昔、言うまでもなく人々の暮らしの中心は農業であり、現在のようなトラクターも耕運機もなく、荷を運ぶトラックもなかったので、牛や馬が農業の中心だった時代がありました。

 

ちなみに、現在でも牛や馬などを農耕に使役するのは世界中で普通にみられる事です。

これは韓国で2020年6月に撮影されたもので、みうけんも幾度となく韓国の田舎で目にしたことがあります。

 

(韓国ニュースサイト:オーマイニュースより)

 

牛や馬に荷車をひかせたり、田畑を耕す道具をつけて引くときには、鼻輪につけた紐を引っ張るときがあります。そのことを「はなとり」と言います。

 

余談ですが、ここから先端のことを「ハナ」というようになり、神輿を担ぐときに先頭でかつぐことを「ハナをとる」というのは、ここからきているそうです。

 

ある忙しい日、百姓が畑を耕していると、どこからやってきたのか見知らぬ子どもが立っていました。子供が言うには農作業を手伝ってやるというのです。

 

最初はどこのだれかと思った百姓でしたが、相手は子供であるし、猫の手も借りたいほどであったから、と手伝いをお願いしました。

すると、子供はよろこんで牛の「はな」を取り、みるみるうちに畑を耕してしまったというのです。

 

その早くて丁寧なことといったら素晴らしく、日が暮れるまでにすっかり畑仕事を終わらせると、子供はどこかへ帰っていったのでした。

 

百姓は、せっかく畑が早く終わったのだから地蔵様のところへ寄っていこうと思い、この足下地蔵尊によったところ、なんとその足下地蔵尊の足は泥で汚れていたのです。

 

これは、きっとお地蔵さまが畑仕事を手伝ってくれたに違いないと村人にこの話をすると、同じようなことが他の村人にもあったのだということです。

 

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これ以来、この足下地蔵尊は大変な評判となり、たくさんの参詣人が詰めかけたという事ですが、現在でも毎年1月24日、8月24日には午後4時から午後8時まで縁日が開かれ、たくさんの人たちでにぎわうという事です。

 

また、境内には小さいながらも子育て地蔵さまが祀られて、多くの人たちから崇敬され、とくに子供を育てている人々から篤い信仰を受けているという事です。


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いま、秋の夕暮れの迫るなか、普段は訪れる人もあまりない静かな足下地蔵堂の境内で手を合わせて祈りをささげる時、かつて苦労の汗を流しながら農耕に励んだ里人たちが、時に子を連れ、時に牛を連れて詣でては祈りをささげる姿がまざまざと目に浮かぶようで、ここにも時の流れの速さをしみじみと感じるのです。