みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※いままではカタい文章の書き方でしたが、徐々に改めていきます。

無実の罪での逃避行 伝源範頼の墓(横浜市金沢区)

横浜市金沢区というところは、地理的には鎌倉に近く、東海道脇往還から三浦半島の三崎や浦賀に通じる道として、また漁港や廻船の港町としても発展してきました。

 

そのために歴史的な見どころも多く、また神社仏閣もたくさん残されています。

今となっては住宅地としての開発の波もあるものの、金沢八景や能見台といった昔からの景勝地にも恵まれたところです。

 

そんな金沢区の、京急線能見台駅金沢八景駅の中間のところ、住宅街の奥の細まった道を進んでいくと見えてくるのが臨済宗建長寺派の海蔵山 太寧寺(かいぞうざん たいねいじ)です。

 

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この寺はもともと、源範頼(みなもとののりより)によって瀬ヶ崎に創建された真言宗寺院で、寺号も薬師寺と称した、とされています。

 

源範頼は通称「蒲冠者範頼」(かばのかじゃのりより)とも呼ばれ、鎌倉幕府を創設した源頼朝の異母弟とされています。

 

もともと、現在の静岡県浜松市にあたる遠江国蒲御厨で生まれ育ったために蒲冠者(かばのかじゃ)、または蒲殿(かばどの)と呼ばれ、藤原範季に養育されたためにその一字を取って「範頼」と名乗りました。

 

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数々の戦役において源氏一門として戦った功績から鎌倉幕府において重きをなすものの、不幸な事に頼朝に謀反の疑いをかけられて流罪となった末に非業の死を遂げた悲運の武将であり、過去には横須賀市に残されている源範頼のゆかりの地を当ブログで紹介させて頂いた事もあります。

  

 

建久4年(1193年)のこと、範頼は兄であった源頼朝に反逆の疑いをかけられて伊豆の修善寺に幽閉されていました。

なんとか兄の誤解を解こうとした範頼は、ひそかに修善寺を逃れて榎戸(今の横須賀市の深浦湾あたり)の港に上陸します。

 

付近に住む漁師の平兵衛は、みすぼらしい落ち武者であった範頼とその一行をあわれに思い、一行を横穴に案内して匿い、何かと世話を焼いていましたが、そのことが鎌倉の間者に知られるところとなり、ついに刺客が差し向けられたのです。

平兵衛は漁師ながらに力をふるってこれに立ち向かい、鉈を持って戦いながら、我が身に変えてと範頼を逃れさせました。

 

しかし、次第に追い詰められた範頼はもはやここまでと悟り、金沢区室の木(現在は金沢区片吹に移転)の太寧寺まで逃れると、主従ともどもそこで壮絶な自刃をして果てたと言われています。

  

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いま、太寧寺の境内、本堂の裏側にある五輪塔群は、この源範頼とその主従の墓とされています。

 

このような、住宅地に埋もれるような静かなお寺にも壮絶な歴史の記憶が残されていることに、驚きを隠すこともできません。

  

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このお寺の寺号の「太寧寺」も、このお寺に伝わる「太寧寺殿道悟大禅定門」という源範頼の戒名に由来し、今なお位牌や肖像画などが寺宝として伝えられているということです。

 

なるほど、秘仏となっているご本尊さまの薬師如来さまのお厨子の隣に、確かに源範頼のものとされるお位牌や、源範頼の「母堂 正室」霊位と記されたお位牌がありました。

  

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この日は、親切なご住職にいろいろとお話をいただきました。

とても親切にご接待くださいましたが、本堂の老朽化も激しく、ネズミの害もあり、いかにしてご本尊さまをお守りするか苦心されているというお話に心が痛むばかりでした。

 

せっかくなので、御朱印を拝受しました。

御住職は90歳をこえるご高齢で、歩くこともおぼつかないようでしたが、心を込めて一生懸命に書いて下さいました。

実にありがたい事です。

  

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また、横浜市歴史博物館で開催されている「特別展 横浜のみほとけたち」のご招待券まで頂いちゃいました。

本当に、何から何までありがとうございます。

  

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大変ご親切なご住職に深々とお礼を述べ、本堂と五輪塔群に再度手を合わせてから太寧寺を後にしました。

時代がいくら経とうとも、太寧寺門前の参道は細く曲がりくねって、昔の面影を今に残しています。

  

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かつて、伊豆からはるばる海を渡って逃れてきた悲運の武将が、傷ついた主従を引き連れて非業の死を遂げた無念を思うとき、救われることのなかった悲しみと、疑いを晴らせずに終わらざるを得なかった武将たちの慟哭が聞こえてくるかのようで、感慨もひとしおです。

 

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