みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※いままではカタい文章の書き方でしたが、徐々に改めていきます。

巨人の足跡が沼となった 鹿沼公園のでいらぼっち伝説(相模原市)

JR横浜線淵野辺駅の南側に、鹿沼公園という公園があります。

駅前の立地でありながら交通公園や池、本物の蒸気機関車の展示などがあり、広々とした公園でいつも子供たちの憩いの場となっています。

 

駅前の住宅地で、このような立派な公園があるということは、実に素晴らしいことだと思います。

 

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さて、この公園にはいろいろな魅力があふれているのですが、今回は公園を紹介する記事ではないので割愛させていただくとして、ここの鹿沼公園の中央にある大きな池には、日本特有の巨人伝説であるダイダラボッチの伝説が残されています。

 

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ダイダラボッチといえば、ジブリアニメ「もののけ姫」にも出てきましたが、山をひとまたぎするような巨人で、神奈川県内には実に多くの伝説が残されており、このブログでも過去にいくつか紹介させていただきました。

 

 

この広々とした池は、一見してただのため池のように感じられます。

しかし、伝説によれば、はるか昔にこの辺りに住んでいた見上げるような巨人「でいらぼっち」が、遠いところから富士山を背負って現在の淵野辺駅あたりまでやってきました。

 

なにしろ、富士山は日本一の山です。

その大きさと重さにすっかり疲れ切ったでいらぼっちは、一休みでもしようか、と「よっこらしょ」と大山に腰をかけました。

 

ひとしきり休んでから立ち上がろうとしたところ、置いておいた富士山にすっかり根が生えてしまい、どうにもこうにも持ち上がりません。

 

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そうこうしてるうちに、富士山を縛っていた紐もブッツーンと大きな音を立てて切れてしまい、でいらぼっちはその悔しいこと悔しいこと。

しきりに地団駄を踏みましたが、もうどうにもなりません。

 

結局、でいらぼっちは富士山が根付いた場所に、富士山をそのままにして、帰ってしまいました。

 

この時、でいらぼっちが地団駄(じだんだ)を踏んで、さんざん地面をへこませて出来た沼に「じだんだ沼」という名がつけられましたが、だんだんなまって「じんだら沼」という名前になります。

そのうち、でいらぼっちの左足が凹ませたのが鹿沼、右足が凹ませたのが菖蒲沼ということです。

 

でいらぼっちは、立ち去る際にあまりの腹立たしさから、地面を思い切り踏みつけながら歩いて行きましたが、その痕跡は淵野辺の喜蒲沼、大沼、若松の小沼をはじめ、大野台、清新、橋本、矢部 東林間などに窪地として残ったということです。

 

この鹿沼公園のすぐ脇には、なるほど「じんだら沼」という交差点が残り、横浜線の線路を超えたところには菖蒲沼の跡に弁天様が今も残されています。

 

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こちらの菖蒲沼も、決して観光地化などはされていないのですが、この貴重な地域の伝承をいつまでも後世に残そうとされている有志の方々により、でいらぼっちにまつわる説明看板が掲げられていました。

 

激しく時代が移り変わる中、このような取り組みをされているという事には本当に頭が下がる思いです。

 

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一見して、なんの変哲もない住宅街ですが、このような興味深く面白い民話が残っていたことには本当に驚きです。

 

さらに特筆すべきは、この鹿沼公園、菖蒲沼の跡地、ともにきちんと説明看板が設置されて地域の中で語り継がれ、さらに今回は訪れてはいないものの相模原麻溝公園の花壇には巨人の足跡の花畑があるそうです。(他の方のブログに掲載されていたので、現在もあるかどうかは不明です。)

 

この巨人「でいらぼっち」の伝説は、相模原市民ではなくとも充分に楽しめる民話だと思います。

 

いま、小さな子たちが歓声を上げて走り回る鹿沼公園の鹿沼には、白鳥や鴨たちがのんびりと羽繕いする姿が見られ、かつて富士山を背負った大男が踏みつけた、などとはにわかに想像し難いものがありますが、ここに生きた人たちの大自然に対する畏敬の念が今でもひしひしと伝わってくるようで、感慨深いものがあるのです。