東名高速道路の秦野中井インターチェンジの南側、上井ノ口バス停の脇に古式ゆかしく佇む、いかにも古社といった風格を思わせる神社がある。
これが蓑笠神社と呼ばれる神社で、祭神は素戔嗚尊(スサノオノミコト)である。
この蓑笠神社の周辺を井ノ口と呼ぶが、蓑笠神社は井ノ口全体の鎮守と仰がれている。
先ほども書いたように御祭神は素戔鳴命であるが、蓑笠神社と素戔嗚尊には、日本神話に深くかかわる興味深い伝説が残されている。
そのむかし、天照大神の怒りに触れて、天上界から「根の国」へと追放された素戔嗚尊が天下ったところが、現在の大山であったと言われている。
「雨降山」の別名を持っている大山は、来る日も来る日も雨が降っていた。蓑と笠を身に着けた素戔嗚尊は山を下って南へ南へと歩き続けて、当時「井ノ神さま」と呼ばれていた、この社に一夜の宿を求めたのである。
次の朝にはすっかり雨も上がり、素晴らしい天気になると素戔嗚尊はうっかりと蓑と笠を忘れて置いて行ってしまった。その蓑と笠はたいへんなご利益があるとされ、それ以降「井ノ神さま」は「蓑笠神社」と名を改め、祭神も素戔嗚尊を祀るようになったのだという。
素戔嗚尊は、その後平塚市下吉沢の八剱神社を経て、大磯町の高麗神社へと向かわれたという伝説が残されているのである。
また、かつて毎年4月1日に開かれていた農具市に、蓑笠が多く売られていた。これは米を多く産出する地域に共通してみられる、藁の有効活用であるが、これを見た人々が「蓑笠の杜」と呼ぶようになった、と江戸期の歴史書「群書類従」にはある。
もともと、この神社の祭礼日は4月10日であったが、時代の流れをうけて4月10日直近の日曜日に開催されるようになっている。
この時には盛大に神楽が奉納され、また演芸が催されるが、蓑笠神社といった名前のせいか、この時だけを狙って雨になることも多いというのも不思議である。
いま、この不思議な伝説のこる蓑笠神社の境内に一人立ち、大ケヤキの御神木を見上げるとき、かつて失意のままに天上界より降り立ち、南に向かって歩みを進めていった素戔嗚尊の姿が目に浮かぶようで、このような人知れず佇む小さな神社にも立派な歴史と由緒が残ることに日本の神話の面白さを感じ取るのである。