みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※いままではカタい文章の書き方でしたが、徐々に改めていきます。

しばしの休息か 専養院の倒れ地蔵尊(横須賀市)

三浦半島西岸の陸上自衛隊武山駐屯地から、小田和川に沿って走る道をどんどん登っていくと、やがてこんもりとした小山が見えてくるが、これはただの山ではなく三浦大介義明の子である大田和義久が築城したとと伝わっている大田和城址である。

 

この方角から見ると遺構は良好に残されているように見えるが、実は山の裏側にかけて社会福祉法人の巨大な建造物をわざわざこの地に作ってあるので、遺構と呼べるものは何一つないと思われ実に惜しいことである。

 

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その大田和城址から北側にほど近い、一見して普通の住宅のような専養院というお寺がひっそりと残されている。この専養院は山号を古跡山(こせきざん)という浄土宗の寺で、現在は無住となり東漸寺の管理となっているが、その山号も城跡にちなんだものであろうか。


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現在では無住となってしまったこの寺であるが、かつて江戸時代末期に願海上人という念仏行者が住んでいたことがあるという。願海上人はここを基点として、このさらに山奥にあった谷戸にこもって修行をしていたという言い伝えが残されている。


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この専養院には、三浦半島にも数多く残されている中でもとりわけ珍しい「専養院の百庚申塔」なるものが残されており、その委細は以前に紹介したとおりである。

 

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この百庚申塔がある、専養院裏手の墓地はさして広くもなく、新旧あわせても簡単に数えられるほどの数だけお墓が残されており、これらはすべて古くよりこの周囲に住み続けてきた人々が代々守り続けてきたものであろう。


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そのお墓の裏手には、いくつかのお地蔵さまが残されている。

長い年月のすえに自然と劣化していったのか、それとも明治時代や戦後の廃仏毀釈によって失われたものか、もしかすると子供たちの遊び相手となったがゆえに落ちたものか。

いくつかのお地蔵さまは大きく傾き、その中には首がないものすら、いくつか見受けられるのである。

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胴体には大きなひびが入り、取れてしまった首が見つからなかったのか、違う首を取り付けられたお地蔵さまもあった。

 

たまたまなのか、何か意図するところがあってこうしたのかは分からないが、正面から見ても少しお顔が斜めになって、まるで脇見をしながらクスリと笑っているかのように見えるお姿は、そのお地蔵さまが壊れてしまったいきさつが分からないままでも、何やらひょうきんで明朗なお地蔵様に見えてしまうのである。

 

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中には、倒れたまま空を見上げるお地蔵さま、土に埋もれようとしているお地蔵さまもあった。

このお地蔵さまは、いつまでもどこまでも広がる青い空を見守り続けて、この地で何を思っているのだろう。

 

果たして、抱きかかえて起こしてあげるべきか。しばし悩んだものの、このお地蔵様はこの地でこうして空を眺めているのが好きなのかも知れぬ、と考えてしまい、むしろこのままが自然体なのではと思えてしまって、あえてそのままにしておいた。

この判断が正しかったのか、正しくなかったのか。それはこのお地蔵様にしか分からない事である。


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この墓地には、お墓の数よりもずっと多いお地蔵様が傾きながらも立ち並び、静かに太和田の里を見守っている。きっと、自分が生まれる前、自分の父母・祖父母が生まれる前から、ずっとこうしてここにいらっしゃるのだろう。

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長い年月をかけ、この地を見守り、もしかして立ちつかれてしばしの間横になってお休みになられているだけ。

もしかすると、交代で倒れてお休みされているのかも知れない。

 

まるで「まんが日本昔話」のような考え方であるが、かつてそのような話が日本各地で生まれたのであれば、今だってそのような考え方をしてもおかしくはないのではないか。

 

お地蔵様というのは、お釈迦様が入滅されてから5億7600万年後か、または56億7000万年後に弥勒様が出現するまでに現世に仏が不在となってしまう為、その間にすべての衆生を救うためにいらっしゃるとされている。

 

5億年、56億年。

地球上で、たった1億年前には恐竜が闊歩していたというのに、なんという気の遠くなるような長い生涯であろうか。

 

そんな事を考える時、お地蔵様の長い生涯、そのうちのたった一瞬だけでも、こうして横になってお休みになられているのだから。

 

しばらくはこのまま、そっとしておこう。そんな気持ちになり、倒れて苔むした地蔵菩薩に思わず手を合わせたのである。