みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。

航海安全と病平癒を願った 勇猛豪傑の為朝神社(横須賀市)

横須賀の浦賀湾西側にある西浦賀の地は、かつては海運の要綱として栄え、また浦賀奉行所が出来て黒船来航の歴史舞台となるなど、その歴史は深いものがあるが、その西浦賀の閑静な住宅街の中にひっそりと埋もれるようにして建つ小さな神社がある。


f:id:yokohamamiuken:20190620092300j:image

 

この神社はその名も為朝神社といって、その名の通り御祭神は鎌倉幕府設立で有名な源頼朝の叔父の源為朝である。

源為朝については過去にも紹介しているように、弓の名手にして怪力無双の豪傑であり、三浦半島のみならず各地のさまざまな伝説が残されている。

 

www.miuken.net

 

この為朝神社は古来より航海安全の守り神として信仰されているほか、新編相模風土記稿を見れば疱瘡神としても信仰されていたと記載されている。

 

これは、源為朝がだれよりも強い豪傑であると称賛された歴史から、また伊豆大島流罪となった挙句に追討されるという悲運の最期を遂げた事から由来しているのであるという。


f:id:yokohamamiuken:20190620092316j:image

 

かつて、源為朝のように特別武芸に秀でて居たり勇猛豪傑の伝説がある者、また不幸な生涯を送った者は霊魂となってもとりわけ強力な力を持つと信じられていた。

 

そこで、その強力な霊魂が崇りをなす前に、神としてあがめ祀ることにより、逆に悪病を退散させるべく霊魂の力を借りたのだという。

 

今では為朝神社は西叶神社の末社となり、江戸幕府三代将軍吉宗公のころの享保の時代に、奉行所が伊豆下田から移転してきた際に共に伝えられたと言われており、近松門左衛門の「国姓爺合戦」での虎刈りの場面を舞台にしている。

 

この虎踊りは現在でも地元氏子の手により連綿と受け継がれて、神奈川県の無形民俗文化財に指定されており、六月第二土曜の宵宮祭で奉納されているという。


(写真は案内看板より)
f:id:yokohamamiuken:20190620092319j:image


f:id:yokohamamiuken:20190620092309j:image


いま、源為朝をまつる小さな社殿の前に立ち合掌するとき、ここで航海の安全を、また病の治癒を願って手を合わせた人々の姿が目に浮かぶようで、ここにも時の流れの早さをまざまざと感じさせられるのである。