原付を快調に走らせ、秋の涼しい風を楽しみながらツーリングをしている時、ふとコンビニの横に立派なお地蔵様が祀られているのを見かけました。
こういう時、気付いていても何の気無しに通り過ぎる事もあれば、どうも気になって引き返すこともあります。
今回は、後者でした。
この簡素な地蔵堂に祀られたお地蔵様は、地図には「化粧地蔵尊」という名前で掲載されています。
それを元に、座間市の歴史資料や新編相模国風土紀稿などを調べてみましたが、特にこのお地蔵様に対して言及されたものはありませんでした。
いったい、いつ、誰が、どのような願いを込めて建立したものでしょうか。
気になることはたくさんありますが、残念ながら確かな情報はありません。
ただ一つ言えるのは、このお地蔵様は「化粧地蔵尊」と呼ばれるにふさわしく、まことに端正なお顔立ちをされており、どこかに気品と女性らしさを兼ね備えています。
それはまるで慈悲の菩薩様というよりも、吉祥天や弁財天といった天部の女性神のような凛とした雰囲気を携えており、そのあまりの端正さは神々しく見えてしまうほどです。
このお地蔵様について、詳しいことは分かりません。
ただ分かることは、この簡素な地蔵堂は綺麗に掃き清められ、堂内には数え切れないほどの千羽鶴が奉納され、また真新しい赤ずきんとよだれかけを頂いて、今なおこうして里人の信仰を集めては丁寧にお祀りされているということです。
また、その首からは頭陀袋に似た赤い袋が下げられているのも印象的でした。
地蔵菩薩というのは、死して六道(天上、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄)を彷徨う亡者を極楽浄土に導き、かつ親より先に死んだ子供は成仏ができないと信じられた仏教界において、菩薩の名において子供の手を引き、三途の川を渡らせるという役割があると信じられてきました。
その信仰は現在でも続き、こうしてお地蔵さまには赤い涎掛けが奉納され、そして交通事故の現場に建立されたりもしています。
科学万能と謳われ、いかに人々から信心が消え去ろうとも、地蔵菩薩様の徳は決して忘れ去られることなく、今日も栗原の里人たちの生活を見守っています。
この地蔵菩薩がいつからここにあり、どのような経緯で化粧地蔵と呼ばれるようになったのか、今となっては知る由もありませんが、今もこうして里人たちの信仰を集める美しいお地蔵様は、物言わずに人々の歩みを見守っているかのようです。
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