みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※いままではカタい文章の書き方でしたが、徐々に改めていきます。

お礼参りに貝の首飾りをいただく 津久井の岩船地蔵さま(横須賀市)

京浜急行津久井浜駅前のバスロータリーから、海のほうに向かって原付を走らせていると、短い商店街が続いています。

 

ロータリーから50メートルもいくとすぐに十字路にさしかかり、その近辺はすっかり閑静な住宅街へと変わっていきます。


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交差点を右に入るとすぐに緑色が目立つアパートがあり、その向かいにはコンクリートで新しく作られた地蔵堂があります。

 

地蔵堂と呼ぶには実に簡素な箱のような建屋ですが、これこそが今でもなお地域の方々から篤い信仰を集めている「津久井の岩船地蔵さま」なのです。

 

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この津久井の岩船地蔵堂には、石の祠や角柱の庚申供養塔などと共にお地蔵さまが2体並んでいます。

よく見ると、このどちらもが石で出来た舟の上に載っているのが分かります。

 

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このように、石でできた舟に乗ったお地蔵さまは一般に岩船地蔵さまと呼ばれていて、神奈川県内でも多くの造像例があります。

実際に、このブログでも何度も紹介させていただいたことがあります。

以前のカタい文章の書き方の記事ですが、読んでみて頂けると幸いです。

 


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この記事を書くにあたって参考にさせて戴いた「北下浦マップ」には

これは、珍しく船に乗ったお地蔵さんで、航海安全と水難よけの祈願と、信仰の篤いことで知られ、お礼参りの貝殻がいつも絶えない。

とあります。

 

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確かに、舟に乗ったお地蔵さんというのは実に珍しい。

ですが、注意深く探してみると大きな川のあるところ、またかつて漁で栄えた町などでは意外と多く見かけることができます。

 

「北下浦マップ」にあるように、航海安全と水難除けを願ったものも中にはあるとは思います。

しかし、お地蔵さまというのはさ迷える亡者の手を引いて極楽浄土へと導く役割を持っている、と広く信仰されたことがあります。

 

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そのために、現在でも交通事故で犠牲者が出た現場にはお地蔵様を立てるのが習わしとなっていますが、水難事故や航海途中での遭難で帰ってこなくなった人も多くいたと思いますから、お地蔵さまが舟に乗って海や川でさ迷える亡者を探し、極楽浄土へと導きますように、という願いを託されたものではないかとみうけんは思っています。

 

さて、この岩船地蔵さまは首が落ちた跡があり、その首はモルタルで補修された跡が残っています。

これは明治時代に全国に吹き荒れた廃仏毀釈運動によるものか、それとも年月が経つうちに首が落ちてしまったのか、と思いましたが、実はそうではないようです。

 

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前述の「北下浦マップ」には

時々首がなくなるこのお地蔵さんだが、これは信者が首を持ちかえり、願いが叶うと貝殻と一緒に元に戻すという変わった風習のためである。

といった趣旨の説明文がなされています。

 

よく、お地蔵さまは子供好きな菩薩さまなので、子供の遊び相手となって引きずられたり倒されたりしている間に首が落ちてしまう、というのを聞いたことがありますが、お地蔵さまの首を自宅に持ち帰って祈りをささげるというのは何とも珍しい話です。

 

このような珍しい風習は現在は途絶えてしまったであろう事が、モルタルで補修された首からうかがい知ることができますが、このような風習はここ津久井だけのものでしょうか。

実に興味深いことです。


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この津久井の岩船地蔵堂には、今でなお新しい花が手向けられ、この時も香華を手向けた香りがほのかに残されていました。

また、若いお母さんとお子さんがお地蔵様に手を合わせ、深々とお辞儀をしていく姿も目にしました。

お年を召した方に多く見かける、この信心のあらわれ。

このように若い親子連れが手を合わせていく姿を見ていると、なんだかホッとします。

 

科学万能の時代、しかし誰もが生きていくのに必死な時代。

今日もこの場所で、物を言わぬ岩舟地蔵さまは、たくさんかけられた貝殻を誇らしそうに輝かせながら道行く人を見守っているのです。