みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※いままではカタい文章の書き方でしたが、徐々に改めていきます。

戦禍からの救い 報恩寺のおたすけ観音(綾瀬市)

綾瀬市の綾瀬高校からほど近いところに、曹洞宗寺院である陽廣山 報恩寺(ようこうさん ほうおんじ)というお寺があります。

江戸時代初期の慶長7年(1602年)開山という歴史の古いお寺です。

 

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境内は広くて明るく、インターネットなども活用して現代的な布教を積極的におこない、またお参りする方には広く門戸をあけている素晴らしいお寺です。

入り口には山門の代わりに大きな大木が聳え、青々とした葉を陽光に輝かせる美しい光景を眺めることが出来ます。

 

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このお寺は、観音さまに対して実にご縁が深いお寺です。

以前にも、このお寺の観音様について記事にしたことがあります。

 

 

みうけんは個人的に観音さまと弁天さま、お不動さまが好きなのですがこのように観音さまを大切にされているお寺というのは、やはり心地よいものです。

 

このお寺の境内には数えきれないほどの観音さまが集められ、その多くは神奈川県の色んな所から集められたのか、浦賀などの地名が刻まれたものも多くみられます。

 

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さて、このお寺の27世となる太嶽洞源(たいがくとうげん)和尚さまは幼少の頃から非常に観音信仰が篤かった方だという事ですが、多くの国民の例に漏れず軍隊へ徴兵されて台湾へ出征されたことがあるそうです。

 

その際、多くの戦友が敵の銃弾に斃れていく中で、観音さまのご加護を受けて無事に帰還出来た事に感激され、「おたすけ観音」を建立されたのです。

 

このおたすけ観音はお寺の公式サイトにもしっかりと掲載されていますが、この度公式サイトに写真が載せられている、台座に「江田島」と陰刻された観音さまのご尊顔を拝してまいりました。

 

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その後もおたすけ観音は増えつづけ、現在では200体を越えるとされています。

新しいもの、古い物、さまざまですが現在でも新しく奉納され続けていることから、これからも増えていくことと思われます。

 

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このおたすけ観音は、その後の日中戦争大東亜戦争の開戦とともに「おたすけ観音」「弾除け観音」として信仰を集めました。

 

そのため、多数の出征兵士の家族等が参拝に訪れ、神奈川県下はもとより遠く東京・千葉・埼玉・群馬・新潟方面からの参拝者もおり、多い時には参拝者が駅から列をなしたほどだといいます。

 

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また、昭和18年に海軍厚木航空基地が建設され航空隊が設置されると、境内は連日数百の兵士で埋まり、多い日には1000人を越えた日もあったといいますから驚くばかりです。

これらの参拝者に、洞源和尚は「弾除け観音」と書かれた自作の観音画を配ったのだという事です。

 

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このように、昭和の戦争のころは出征兵士の家族が神仏の加護を求めるという事が少なからずあったようで、このような例は横須賀にも「弾除け地蔵」というものが残されているほどです。

 

軍港に近い横須賀も、航空隊や飛行機工場が近かった綾瀬も、どちらも戦争というものが身近で合った土地柄だったこともあるのかも知れません。

 

 

しかし、戦争が激しくなり、戦局も悪化して日本中がヒステリックになってくると、このおたすけ観音は次第に国策に反するとして軍部から睨まれ、本土決戦や一億玉砕が叫ばれる様になった大東亜戦争期の末期には、お参りするだけでも非国民として警戒されてしまった時期もあったということです。

 

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あの大東亜戦争が正しかったのか、間違いであったのか、その答えは賛否両論あり未だに答えは出ていないように思います。

 

いま、ここに多く居並ぶ観音さまたちは、そのような時代の移り変わりをどのようなお気持ちで眺めてこられたのでしょう。

御朱印をお願いして待つ間、数えきれないほどの観音さまにひとり向き合っては、そんな事を考えていました。

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もし、本当に観音さまに観音妙智の力があり、苦しむ民衆をあまねく救って下さるのであれば、日本中で世界中で戦争のもとにもがき苦しんでいった方々を一人でも多く救って下さり、安らぎを与えてくださることを心から願うばかりです。