みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※記事は基本的に毎日18時に更新です。

お爺さんを池にはめた 「矢面の女狐」の伝説(中井町)

中井町井ノ口の八幡神社前の辻から東側に伸びていく細い道は、すぐに北側へと進路を変えて厳島湿生公園の方へと向かいます。

 

この道は現代では自動車の抜け道として使われているようで見た目よりも交通量が多いのですが、実際は道幅も細くて街灯もなく、現代でも夜になればたいへん寂しい道であろうことは想像に難くありません。

 

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この道には、女狐とだまされてしまったお爺さんの話、「矢面の女狐」(やづらのめぎつね)という伝説が伝わっています。

 

このあたりは今も昔も寂しいところで、木々がうっそうと茂って道を覆うので、夜には狐火がでる、というもっぱらの評判なために通る人はほとんどありませんでした。

 

そんなある日、一人のお爺さんが現在の天宗院のあたり、矢沢というところの親戚の祝言に招かれて、紋付き羽織構の正装で出かけていった時の事です。

この時も、集まった親類や縁者が夜遅くまで酒を酌み交わして二人の新たな門出を祝福したのでした。

 

やがて宴はお開きとなり、お爺さんは引出物として出てきた立派なごちそうの折詰めを受け取ると、また我が家へ向かって暗く寂しい夜道を歩き始めたのです。

 

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さて矢面の山道を下っている頃、どこからか若い女の声で呼び止められたのに気づきました。

 

「そこを通るご隠居さま。どうか、そのお手の食べ物をくださいませんか」と何度も問いかける声にお爺さんは立ち止まりますが、お爺さんも引きません。

 

お爺さんは、すっかり酔って舌も回らぬ口で「どなたかは存じませぬが、これは今日の出がけに孫娘と約束してきた大切なおみやげなのじゃ。孫娘はたいそう楽しみにしておるから、あんたさまに差し上げるわけにはいかんのだ」と折詰めを抱えてそそくさと立ち去ろうとしました。

 

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すると女は「実は、私にも幼い子たちが腹を空かせて待ちわびています。どうか、そのお料理をめぐんでください」と、何度も何度も乞うてきては、あきらめる様子を見せません。

 

もうすっかり答えるのもめんどうになったお爺さんは、とうとうだんまりを決め込んだまま暗い夜道をまた歩き始めましたが、女は泣き声になって「お金はお支払いします。これが全ての手持ちですが、子供の命には代えられません。どうか、このお金と引き換えに食べ物をめぐんでください」と2枚の小判が差し出されたのです。

 

なにしろ、あるサイトでは1両は現代の13万円に相当する、と言われています。

これは260年あまり続いた江戸時代のどのあたりの時代かによってもだいぶ変わりますが、かなりの高額であった事には変わりありません。

 

この小判にすっかり目がくらんだお爺さんは、ついつい折詰を渡して小判を握りしめてしまったのも無理はありませんでした。

お爺さんすっかり気をよくして、下り坂の曲がり道を間違えて右に降りていき、厳島の弁天様の方へと向かって千鳥足で歩いて行ったのです。

 

 

 

あくる朝、畑に出ていく村人たちが弁天様の前を通りかかってびっくり仰天。

そこには、厳島の弁天様の池の泥沼で、ずぶ濡れになってもがいているお爺さんの姿がありました。

 

自慢の羽織は泥まみれになり、袴はずり落ちてふんどし姿となり、草履はなくして足袋だけの姿で、その手には2枚の笹の葉だけが、しっかりと握られていたという事です。

 

考えてみれば、狐だって2両も持っているならばふつうに街に買い物に行けば相当なごちそうが買えそうなものですが、酔ってしまうとそのような考えにも及ばないという事なのか、それとも狐に化かされてなにか夢かまぼろしの中にでもいるような心地になってしまったのか。

このお爺さんはすっかり、してやられてしまったという事です。

 

現在では、神奈川県で狐を見る事はほとんどありませんが、昔はこのように狐との生活はは色々な意味で密接だったようです。

ある時はお稲荷様として崇められ、ある時はいたずら狐と言われて追い回される、狐というのは何とも不思議な生き物であったように思います。

 

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いま、この矢面(やづら)の山道から遠くに井ノ口の集落をのぞむとき、清々しい青空の美しさと風にたなびくススキの穂が揺れ動くさまが実に見事で、ここにも神奈川の絶景ありしかなとしばらくの間心奪われながら、かつてここに生きていた里人たちと狐たちの攻防に想いを馳せた一日であったのです。