小田急線座間駅の西側には、相模川の河岸段丘がまるで地を二分するかのように南北に貫き、その斜面には、かつてこの段丘の周囲で多くの人が生きてきた痕跡が刻まれているが、そのうちの一つとして挙げられるのが神井戸と呼ばれる湧水である。
井戸とはいえその実態は崖から噴出す清水であるが、この神井戸は古くから周囲の皆原部落、根下部落で暮らす人々の飲料水のみならず、野菜を洗う、洗濯をするなどの大切な生活用水として利用され、水田の灌漑用水としても重宝され、まさにこの村では「命の水」であったのである。
また、鈴鹿明神の祭礼の際、神輿を担いだ若者が着用した白丁と呼ばれる衣装を、この清水で洗い清めてから神社に返納する慣わしが今なお連綿と続けられているのだという。
この辺りは、いつの頃からか神井戸根付と呼ばれており、この一帯には古くは遺跡や横穴古墳が多く残され、前には根下道、崖の上には鎌倉街道が走り、往古から人々の暮らしに欠くことのできない泉であった。
今では、この水を汲んで飲む人もめっきり減ったようだが、その底には数多くの小蟹が歩き、今なお連綿と代を継いでいるのである。
この湧水は、昭和に入ってからの急激な宅地開発の波に抗うことができず、なんとか流れは留めてはいるものの、その水量を日々減らしているという。
何千年、何百年という長い間この地を流れ続けて、生きとし行ける者の暮らしを支えてきた恵みの水である。
水道が発達した今、人間にとっては役目を終えているかもしれないが、多くの動物たちにとっては今なお貴重な命の水であり続けているのであり、願わくばいつまでも涸れることなく、この地に住む全ての生き物に、あまねく恩恵を施し続けてくれる事を願うばかりである。