みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※いままではカタい文章の書き方でしたが、徐々に改めていきます。

守るべきを失った 悲嘆にくれるか黒石の弁財天群(横須賀市)

自衛隊の武山海兵団があるところから三浦縦貫道の入り口が伸びている。

そのため現在は大きく切り開かれて地形もすっかり変わってしまったが、ここはかつて黒石といってのどかな農村地帯で、縦貫道入り口をわたる陸橋のあたりには大きな農業用の溜池があり、堰にとどめられた水はキラキラと水面を輝かせて多くの鳥たちが集う、実に風雅な所であったという。

 

はるか遠くには長井の海原を望む溜池は現在は姿を消してしまい、往時を偲ぶよすがもないが、この路傍には横穴が穿たれて数多くの弁財天の石像が乱雑に並べられている姿が郷土史に残されており、溜池なき今となっては弁財天たちはどうなったのであろうか、と気になって、愛車シグナスXを走らせて三浦半島に特有の細い農道を手繰るようにして訪ねてみた。 

 

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もともとは、郷土史には「この珍しい弁財天の群像は、樹木茂る小暗い道の傍にある」と表記され、狭い洞窟の中に乱雑に並べられている写真が添えられているが、現在はその洞窟も、洞窟があった崖も削られて谷間のようになり、その底は三浦縦貫道の敷地となっているが、その洞窟にあった本尊の弁財天はじめ、8基あった弁財天と周囲に散っていた庚申塔などはすべて一か所に集められていた。

 

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近づいてみると洞窟に変わって、コンクリート製の立派なお堂がつくられて、その中に弁天さまが整然と並べられていた。

郷土史に書かれたとおりの8基の弁財天が堂内へたたずみ、その脇には見慣れない庚申塔などがいくつもならんでいるが、恐らく近くの庚申塔を集めてここに祀ったものであろうか。

 

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本尊とされる弁財天像は宝暦6年の陰刻がある。

宝暦6年というのは西暦にして1756年、徳川9代将軍家重のころであった。家重の治世は波乱続きで、全国に凶作と大地震が頻発したころであり、家重じたいも酒色にふけり小便公方と揶揄されるなど(このあたりの詳しい経緯は各自で検索)、お世辞にも前途明るい世の中ではなかったと言われている。

 

この頃に、ここに置かれた弁財天像は頭上には鳥居を頂き、8本の腕をもった「八臂」の女神像である。

その左手第一手には宝珠を持ち、右手の第二手には剣を持ち、その他は輪宝、弓、財宝を現わす蔵の鈎(かぎ)や武の象徴の三又戟、矢などを持っているのである。

 

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この周囲には摩滅はげしく全く陰刻の読めないもの、なぜか胴体を失い首だけの弁天様などが並んでおり、その数は8体にもおよんで、いかにこの村においてこの場所が大切にされていたかが伺えるのである。

 

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弁財天はもともと水に由来する女神であったから川や池、湧き水などの水源地に多く祀られた。その例は全国に渡ってあまりにも多く、当ブログでも池や沼のほとりの弁天様というものをいくつか紹介したほどである。

 

 

もともと、弁財天の多くは川や沼の水辺に祀られていた。

豊富な水を恵みとして、土地を沃し、五穀豊穣を約束する性格から農耕の神としてあがめられ、おそらくここにかつてあった農業用水と堰を守るために祀られたのであろう。

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弁天さまというものは腕が2本のもの、8本のもの、剣を持つものや琵琶を持つもの、その姿も女性のものや蛇のものなどさまざまである。

それらはあまねく水源を守る農業神であったものが、近世になるにしたがって財宝を守る神として、また芸能の神としても信仰が変わってきた珍しい例であり、長らく農業のための水源を守ってきた弁天さまが福財の役割までも担わされたとあっては、その困惑も目に浮かぶようである。

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特に、この黒石の弁財天の群像は本来守るべきであった農業用のため池までも取り上げられてしまい、場所も移されてその由来も何も伝えられずに、ただ人々の往来を見守らねばならぬとあっては、この弁天さまもさぞかし困り果てていることであろう。

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本来の役割から外された、この黒石の弁天さまは今なにをお思いなのであろうか。

多くの庚申塔と一緒くたに並べられ、守るべきものを失った自らの境遇を嘆いておいでだろうか。

それとも、現世の汚濁と人々の信仰の薄らぎに、ため息をつき、呆れておられるのだろうか。

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いま、静かに手を香華をたむけて手を合わせ、この8体の弁天さまに向き合う時、この地にあって長く水源を守り、農業を守ることによって人々の生きる糧を守り続けてきた優美なお顔の弁天さまの、憂愁な溜息が聞こえてくるかのようである。