みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのJog・CE50。時速30キロで見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。

しばしの入院生活

昨日(30.11.7)から、どうも吐き気が収まらず。

お腹すきすぎて苦しいかな、なんて気楽に構えて出勤しようとして地下鉄乗ったら、だんだん吐き気がひどくなり桜木町にて途中下車。

申し訳ないながらも会社はお休みさせていただきました。

 

乗った駅に戻った頃には、もうフラフラでまともに歩けず。

戻せば楽になるかと、トイレでノドに指突っ込んでも何も出ない。

 

かかりつけの町医者でとりあえず点滴をうけました。

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その後、ウチでは手に負えませんと紹介状をもらい、横浜市内の大病院へ。
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こちらの大病院がひどくて、総合受付で手続きをし、消化器内科の中受付では番号で呼ぶまで待つよう指示されたが、2時間たっても呼び出しがなく。

もともと、この病院は2時間3時間は当たり前なので文句も言わずに待っていたが、しまいには町医者から携帯に着信があり

「みうけんさん、どこに行ったんですか? 大病院から、いつまでたってもみうけんさんが来ないって、連絡がありました。すぐ行ってください!」

なんて怒られて、すでに受付を済ませて消化器内科の待合にいるが、なかなか呼ばれない旨を伝えると、すぐにそう伝えてくれるという。

 

それから5分もしないで急に自分の番号が呼ばれて診察開始。

ちゃんと番号で呼んだって事は受付の情報が上がっていたということなんだが、なんの謝罪もなし。

さらに針を何度も刺し直したり、超音波検査を受けに行ったら技師がいなくてずっと待たされたりと紆余曲折を経ながらCTや超音波などいろんな検査をしました。
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CTの結果、胃内に3センチくらいの「何か」がある。

しかし、その「何か」がなんだか分からない。

胃カメラを飲んで検査しなければならないが、胃カメラが予約いっぱいで、13日後の11月20日まで自宅で様子を見ろという。

いちおう入院の話は出たが、入院をすすめるよりも「入院されても対症療法しかできませんしー、費用もかかりますしー、お仕事もあるでしょうしー」と早く帰れオーラ満載。

結局、救急患者が次から次へと運び込まれ怒号と泣き声で落ち着かない救急病棟へ移され、また点滴をうつことに。

点滴を打った後も一番辛い姿勢で車椅子に座らされ、しばらくお待ち下さ〜いと言われ1時間経過。

忙しく動き回る看護師を捕まえて「いつまで待てばいいのか」聞いたら方々に問い合わせてくれ、「もうお帰り頂いて結構です。会計はあちら」で終わり。

もう、怒る気にもなれませんわ。

フラフラしながら帰宅したが、やはり我慢できなくなり七転八倒し、細君に救急車を呼んでもらい、結局入院ということに。

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何より許せなかったのが、あれだけ帰れオーラを出して追い返しておきながら、カルテには「入院を勧めたが自己意思で帰宅」と書かれていたらしい事。

また、20日にならないと空かないと言っていた内視鏡検査が、翌日すぐに出来た事。

痛みにもんどりうちながら何時間も待合で無駄に待つ間、受付担当の私語とゲラゲラ笑う声。

 

しかし、胃の中の何かも無事に取れたし、胃の中は綺麗な状態だったと褒められました(苦笑
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胃カメラで、検査するという事もあったしそもそも食欲もまったくなかったので、3日間飲まず食わず。

3日目に出た夕飯がこれ。
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今まで、オカユがこれほどまでに美味しいと思ったことはなかった。

 

大変だったのは、この夕飯を食べたら胃に気合いが入ってしまった事だ。

オカユじゃ足りない!もっと何かよこせ!と仕切りにギュルギュル鳴っては催促してくるが、何も食べるものはないんだからどうしようもない。

 

終戦後の日本では食べるものがなく、みんな食べる事しか考えてなかったと手塚治虫の本にあったが、その気持ちが少しだけわかった気がする。

 

やはり健康で好きなものが好きなだけ食べられるというのは幸せな事なのだ。

 

外は雨。

まもなく退院。