伊勢原市の奥、日向(ひなた)の里は、今では訪れる観光客もあまりありません。
平日に通るのは地元の車ばかりといったところで、たまに神奈中バスがゆっくり走り、空にはゆうゆうと渡り鳥が飛ぶ、じつに静かで風光明媚な所です。
ところで、近隣には日向薬師があります。
その元の名を日向山霊山寺(ひなたさんりょうぜんじ)と称した薬師如来信仰の一大霊場で、関東地方では屈指の古刹であるとされています。
その御本尊は平安時代前期に作られた鉈彫りの薬師像で大変珍しいもので、鎌倉幕府を創設した源頼朝も熱心に参拝したという言い伝えが残されています。
この藤野入口のバス停の脇には、今なお源頼朝が馬をつないだという「駒つなぎの松」が残されています。
とはいえ、当時の松は今はもうありません。
その代わり、この地には三代目とされる若い松の木が植えられています。
その下にはきちんと「駒つなぎの松」という石碑が設けられ、日向薬師に参詣した源頼朝が駒をつないだ松である旨の説明が陰刻されているのです。
また、その脇には青面金剛や庚申塔、双体の道祖神も残されています。
これらは江戸期の物ですが、むかしからここが辻と呼ばれる交差点、すなわち各方面を結ぶ重要な道であったことがうかがえます。
道祖神は村の境などに置いて災厄が村に入らないようにする役割を持っていましたが、ここの道も多くの人が村を通過して通ることから、内心では邪悪なものを村に持ち込まないでほしいという村人たちの願いもあったのかもしれません。
この近辺の道は、源頼朝が通った道であるということで地元では「お通り坂」と呼んで大切にし、また源頼朝が馬を洗ったという沢の辺りを「洗水」(あろうず)と呼んで大切にしていたそうです。
歴史的に有名で、日本史にも大きな転換点を残した源頼朝に対する村人たちの尊敬は篤く、今なお里人たちの心に誇りとして残っていることがうかがえるかのようです。