みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※いままではカタい文章の書き方でしたが、徐々に改めていきます。

いろいろな由来を込められた 流転の観音群像(綾瀬市)

綾瀬市の県立綾瀬高校の裏手に、とても立派なお寺があります。

曹洞宗寺院の古刹、陽廣山 報恩寺で、江戸時代初期の慶長7年(1602年)開山という歴史の古いお寺です。

 

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このお寺は観音様に対する愛情がとても深いのでしょう。

あちらこちらに観音様を讃える姿勢が見えてきます。

秀麗な本堂の前に建つ回向柱にも、観音様を讃える延命十句観音経が書かれていたのが実に印象的でした。

 

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この報恩寺の境内には、数多くの石造の観音像が祀られています。

その多くは横須賀市などから運ばれてきたもののようで、どのような御縁があってここに祀られたのか、その由来などに関しては説明文などもなくハッキリとは分かりませんでした。

 

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境内の木々の元にたたずんでおられる観音様は、一体何体あるのでしょうか。

今思うと数えればよかったのですが、そのあまりの数の多さに圧倒されるばかりでした。

 

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その像容も、聖観音が多いようです。馬頭観音や千手観音などはあまりありません。

しかし、その中にはまれに白衣観音や、船の上にあぐらをかいた観音様の姿もあり、眺めていて飽きることはありません。

 

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こちらは慈母観音でしょう。

片膝を立てた座り方で、すがりついてくる赤子に微笑みを向けて乳を差し出す姿は、まさに愛と慈悲の象徴です。

 

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どのような経緯で、いつどこに奉納されたものかはわかりませんが、船に乗った観音様のうち、その船に個人名が入った物も多く残されています。

 

中には新しいものもあるので、もしかすると、このお寺に多く奉納された観音様を見た信心深い方が奉納されたのかも知れません。

船に乗った観音様は漁業にまつわる逸話を秘めていることが多いので、この観音様も海上安全を願ったものだろうかと想像できます。

 

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これらの観音様のなかには、「浦賀 信濃屋」が奉納したと思われる「信濃観音」というもの、他にも「長寿観音」、「丈夫観音」など、店舗の繁栄や無病息災を願ったものであろうものも見られます。

 

また、「宝泉観音」「勝剛観音」「見英観音」といった、由来が気になるものも多く残されています。

これらは、台座にしっかりと陰刻されているのですが、なぜか横須賀あたりから運ばれてきたものが多いようです。

 

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中でも、みうけんが珍しいなと思ったのがこちらの「火防観音」です。

右手には「消火」と書かれた小槌のようなものを持っており、これを振ればたくさんの雨が降り、たちまち火事も消える・・・といったような逸話が秘められているかも知れません。

 

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読者の皆さんもご存知のように、みうけんは原付でいろいろなお寺めぐりをしています。

今まで通ったお寺の数は、もはや数えきれません。

そんなみうけんですら、境内に、これほどまで多くの観音様が集められた例は見たことがありませんでした。

 

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これらは、多くは横須賀より縁があって集められたものが多いようです。

その台座に横須賀の地名や店名を見ることが多くできるからです。

これらの観音様が、どのような経緯でここに集められてきたのか。どのような思いで、遠く離れた綾瀬市の里を見守っているのか。

 

物言わぬ観音様ですからその真意はわかりませんが、今日も変わらず境内で遊ぶ子供達の姿を優しい眼差しで見守っておられるかのようです。