京浜急行の横須賀中央駅のあたりは、その名の通り軍都ヨコスカの中心で、駅前には賑やかな商店街と見上げるようなビル街が広がっています。
そんな横須賀中央駅の東南がわ、すぐのところに雄大な瓦葺き屋根の伽藍を見せるのが、日蓮宗寺院の猿海山 龍本寺です。
こ
このお寺は、俗に「米ヶ浜のお祖師(そす)さま」とも呼ばれており、江戸期を代表するかのような豪華絢爛な本堂を中心に、今でも多くの信者が集うお寺です。
本堂の入り口には、書壇の巨匠である中竹悟竹の筆による「聖人垂跡」の扁額が掲げられており、これも一つの見どころとなっています。
また、屋根の下には繊細で緻密な彫刻が多く残されており、その見事さは目を見張るものがあります。
その中に「丸に三つ引」の御紋が入っていることから、このお寺も三浦一族と何かしらのご縁があったのかもしれません。
これらの一つ一つの彫刻はこれほどまでに見事で、さぞかし名のある名人が掘ったものではないかと思いますが、残念ながら誰の作品であるかは分かっていないのだそうです。
また、現在はコロナウイルス対策のために本堂への入堂は原則不可と注意書きがありますが、親切な奥様によって本堂への入堂と参詣をお許しいただきました。
(あいにくとご住職はご不在でした)
本堂内陣の欄間には、日蓮上人一代記を画いたとされる鮮やかで華やかな板絵が並べられており、地域史研究家の松浦豊先生の著書「三浦半島の史跡と伝説」によれば、「華陽の筆になる」とされています。
この「華陽」と名乗る絵師は、有名なひとだけでも数名おり、みうけんにはどの「華陽さん」なのかは知る由もないのですが、なるほど絵の左下には「華陽勤写」という書き込みが残されています。
さて、ここまで見てきただけでもたいへんなボリュームのある「米が浜のお祖師さま」ですが、本堂内陣の向かって右手には固く閉じられたお厨子が置かれています。
この中には寺宝であるアワビの貝殻と、角が一本もないサザエの貝殻が納められているそうでが、現在は非公開であるということです。
今をさかのぼること800年の昔、建長5年(1253年)4月のことです。
立教開宗を志した日蓮上人は千葉の清澄寺を去ると、当時の政治と文化の中心地であった鎌倉に向けて旅立ちます。
安房国、今の房総半島先端の西海岸の南無谷から小舟に乗って相模国を目指す途上で、運悪く突然のしけに遭い、遠浅の磯浜に座礁させて船底に穴が開き、みるみるうちに浸水していきました。
これを見た日蓮上人が舟の先に立って一心に御題目を唱えたところ、どこからともなくやってきたアワビが船底に張り付いて不思議と穴がふさがり、この舟は無事に豊島(現在の猿島)に着岸されたということです。
この時に、日蓮上人を案内したのが白猿であったことから、この島も猿島と呼ばれるようになりました。
また、このころ現在の公郷町に石渡左エ門という人が住んでいました。
彼は春日大神の不思議なお告げの夢をみて、これは何かの知らせに違いないと朝早く近くの浜に出てみると、小舟が猿島の方から浜を目指してやってきたのです。
この舟にひとり立ってお題目を唱えていたのが、日蓮上人そのひとだったのです。
お告げの夢が的中した、と感激した石渡左エ門は舟に駆け寄りましたが、彼の足からは血が出て地面を赤く染めていました。
これはどうしたことかと日蓮上人が訪ねると、この辺りにはサザエが多く住んでいるが、その角で足を切ってしまう事が多いのだという事でした。
これを哀れんだ日蓮上人が、さっそく法華経を唱えたところ、石渡左エ門の足の傷はみるみる癒えたばかりか、この浜のサザエからはすっかり角がとれてしまい、つるつるになってしまったのです。
これは「米ヶ浜の角なしさざえ」の伝説といわれ、俳人の梅月山人による
角折って
妙法に歸す
さざえかな
の句が今に残されているのです。
また、このお寺の崖には日蓮上人が里人を集めては妙法の有難みを説き、混沌の中にある日本を救わんと誓願されたという霊窟「お穴さま」が残され、今なお香華と花が絶えないのは以前にも紹介した通りです。
また、軍都ヨコスカにふさわしく、境内の至る所には海軍関係者の慰霊碑や、航空隊の慰霊碑が残されています。
これらも日本をお守りくださった先人の魂として、お参りしておくのも良いでしょう。
せっかくですので、御首題(御朱印)を頂戴しました。
しっかりと角なしサザエの絵が描かれているのが面白いですね。
スタンプの御首題ですが、こうしてご縁を頂くというのはありがたいことです。
この「米が浜のお祖師さま」こと龍本寺は、横須賀の中心部を見下ろす高台の上にあります。
かつては、この境内からも海と村々が良く見えたことでしょう。
はるかには日蓮上人がお生まれになった房総半島も望めます。
いま、この高台に立って遠くに房総半島を眺め、海風にふかれながら昔と少しも変わる事のない寄せては返す波の音を聞くとき、遠い昔にここに立ち、合掌しながら房総半島を眺めたであろう日蓮上人の広大無辺なる御遺徳がしみじみと思い出されるのです。
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