みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのJog・CE50。時速30キロで見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。

踏切脇に悲しげに建つ轢死者供養塔の由来(逗子市)

鎌倉を離れて逗子の方面に向かう時、横須賀線を渡る踏切は意外と限られている。そこで、みうけんが愛用する踏切(!)が通称「久木踏切」である。

 

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やはり横須賀線をまたぐのに踏切の数は限られているので、多くの車がこの踏切に集まってくるため、なかなか車が途切れる事はなく、いつも踏切近くは渋滞の名所となっている。

当然ながら多くの車が踏切の前で一時的に停車するのであるが、路傍にたたずむ小さな供養塔に一瞬でも手を合わせる人は、まずいないと思われる。


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この慰霊碑は、そんじょそこらの慰霊碑とはわけがちがう。

轢死者供養塔なのであり、裏面には「大正四年建立」の字と発起人や設立者の名前がたくさん彫られているのである。


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この供養塔について、ネットで少し検索すると「電車への飛び込み自殺をした人の為に建てたものだ」という話もあるが、地元の人によるとそう単純な話でもないのだという。

 

この供養塔の事は、みうけんは10年以上前には知っていた。

一時期、さかんに御朱印集めをしていたが、その時は交通手段がバスと電車と歩きだった。徒歩でテクテクと前を通りかかって、ふと気になってしまったのだ。

 

そして、いつごろ建てられたものか、ふと気になり裏側をのぞき込んで年号を確認していたら、不審者が悪戯しに来たと思ったのだろう。たまたまいらっしゃったおばあさんに「こら!! ナニをしている!!」とお叱りを受けたのである。

 

そこで、みうけんは平に謝罪して、いつごろのものか確認してみようと思った旨を伝えたところ、みうけんが手にしていた数珠を見て少し落ち着かれたのか、最近オカルト好きの人が見に来ては夜中に大騒ぎするし、一緒に記念写真なんて撮ってるし、ゴミを散らかしていくから困っているんだよね、と苦々しくおっしゃられたうえでこの慰霊碑についてお話を頂いたのである。

 

裏に書いてあんべ。見た? 大正の初めだ、大正。

まぁ~~~、スカ線横須賀線)が通って20年だか30年だかかねぇ。

そん時ゃね、こんなの(遮断機)なんかなかったしよ。牛つれてのんびり歩いてさ。

汽車きたってさ、そんな早く来るなんて思わねぇもんだからさ、ひかれちゃうんだよ。牛だか馬も一緒によ。

それで作ったんだよ。

うちの親戚もここで死んじゃってねえ。だから、こうしてたまに掃除しに来てるんだよ。

 

ははぁ。なにも自殺された方だけのもんじゃないんですね!!

 

なかにはね、そういうの(人)もいたかもしんねーけどよ。

うちの(親戚)は牛といっしょに轢かれたんだとよ。

 

なるほど、ではこの馬頭観音さまはその牛さんの?

どれどれ・・・ あ、これも大正時代(大正十一年)ですね。

 


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・・・という会話をしたのである。

そのおばあさんも、お元気であろうか。10年前の当時で御年94だったか。

たまに新しい花が供えてあるので、今でも誰かが大切にお世話されているのだろう。

 

それから、この踏切は自殺の名所だとか白い服の女がどうとか誠しやかな噂が流れているが、まぁ数えてみれば、正式な統計はとったわけではないものの京浜東北線や中央線などの方がよほど人身事故が多いような気がするのである。

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今日も、多くの車が、そしてたくさんの乗客を乗せた横須賀線が、久木の踏切を無言で通り過ぎて行く。

 

思えば、横須賀あたりにも踏切脇の供養塔はあったと思うし(詳しい場所は失念)、首都圏どこの踏切でも一回くらいは人身事故はあったろう。そんな、人が亡くなったところを毎日何もなかったようにたくさんの人が歩いているというのもまた言い知れぬ恐ろしさがある。


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いま、こうしている間にも誰かが冷たく無機質な線路の上で、親から頂いたかけがえのない身体を見るも無残な姿に変え、一度しかない・・いや、一度しか「なかった」人生を終えてしまっているのかもしれない。

 

みうけんも職業柄、轢死者の遺体は数多く見てきたが自分はあのような死に方はしたくない、と不謹慎ながら心から思ってしまうのが本音である。敬愛するご先祖さまの地を受け継ぎ、大好きな両親から頂き、大きくなるまで健康に育てていただき、いままで数々の旅と苦楽をともにしてきた、この一つしかない、かけがえのない肉体を・・あのような姿にしたくはないのである。

 

こんな事を言うのは不謹慎だ、亡くなった方に対する冒涜だ、と思われる方もいるかも知れないが、一度でもそのような遺体を見ればきっとわかっていただけると思う。

自分は、あのような死に方はしたくないのだ。

 

それでも、毎日どこかしらで人身事故が起き、すっかり慣れ切ってしまった乗客たち。

そして、その陰で数多の乗客から非情な舌打ちを受けながら、家族の死を悲しむ遺族たち。

 

この轢死者の供養塔に手を合わせるたびに、望まずして死んでいったであろう名もなき人々と、牛馬たちの悲しみの声が聞こえるようで、心の底から沸き起こる悲しみもひとしおなのである。

 

※この場所は地元の方が大切に管理されています。また、少なくとも尊い人命が失われたことに対する供養の場でもあります。心霊スポットなどと言って肝試しに来て大騒ぎするのは本当にやめてください。せめて、手を合わせて冥福をお祈りしてください!