みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※いままではカタい文章の書き方でしたが、徐々に改めていきます。

心のふるさと沖縄でみた いにしへの人々の痕跡たち(沖縄県)

2021年の夏、マイルがたまったので沖縄へ行ってきました。

マイルにより飛行機代もかからず、職場の保養所を使ったので宿泊費もかからず、とっても安い旅・・・のはずが、いろいろ飲み食いしたり買い物したりして、結局高くついちゃいました 汗

 

帰りの荷物が持ちきれなくて、お土産以外にも別便で送ったくらいですからね!!

 

さて、沖縄の中心部である那覇を離れて、本島北部をレンタカーでウロウロしていたところ、なかなか普段見られないものを見つけたので、挨拶して写真に納めてきました。

  

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といって、ビニールハウスじゃありませんよ(笑

ビニールハウスの上のほうに、なにやら丸い構造物が見えていると思います。

もう少し、近寄ってみましょう。

 

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これです。

何コレ、倉庫?? →とんでもない。

おうち? →ある意味、正解!!

 

そう、これは亀甲墓(かめのこばか、きっこうばか)といいます。

琉球語では「カーミナクゥバカ」というそうで、ブラック・ジャックいわく「沖縄の古いタイプのお墓だ」そうです。

亡くなった方々のおうちですね。

  

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ちょっと自己紹介とご挨拶をして、正面から撮らせて頂きました。

「フーン これが墓か」「これが入り口かな」って感じです。

お墓の主も、本土から知らないオッサンが来て、何やら挨拶して写真を撮り始めたので困惑している事でしょう。

  

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コレは、先ほども書いたように「亀甲墓」といって、沖縄の古いタイプのお墓です。

最近は、建設費用が比較的安価で土地もそこまで必要としない破風墓という家形のお墓が多くなっています。

とはいえ、本土のお墓よりもかなり立派なものです。

 

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かつて、沖縄ではこういったお墓は王族にのみ許されていました。

では、庶民はというと天然の洞窟や崖の下に遺体を置き、動物や蟲に死肉を食べさせ、あるいは土に還す「風葬」が主流であったといいます。

 

その痕跡は、いまなお宮古島島尻の風葬墓の跡などに大量の人骨が置かれているのが見られるそうです。

 

↓↓↓↓ 実際に行かれた方の旅行記。閲覧は自己責任で ↓↓↓↓

tabinote.jp

 

しかし、 廃藩置県よりあとは庶民の間でも、このように立派なお墓を作ることが徐々に普及していったそうです。

 

ちなみに、今回の沖縄旅行で、日本本土のような墓石メインのお墓を見ることは、まったくありませんでした。

 

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もともと、このタイプのお墓は中国大陸などに多く作られたものであり、沖縄で広まったのは17世紀の後半だそうです。

 

現に、この場所にも森の奥のほうに古そうなお墓がいくつも並んでいました。

下の写真、奥にお墓がありますが、その脇にはすでに草に埋もれたものも見えました。

 

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このお墓も、構造上から沖縄戦でトーチカや壕の代わりになったりしたそうです。

実際、これが墓であると知らないアメリカ兵にとってみれば、このようにシックイやコンクリートで作られ、海の方に向かって開口している場合が多い亀甲墓はトーチカとして認識され、真っ先に手りゅう弾が投げ込まれたり火炎放射の対象となりました。

実際に、この中に避難していた住民も多く、結果的に多くの犠牲者を出しました。

 

さらに、戦後に沖縄県の広い地域が米軍に接収されることになると、そこにあった亀甲墓はことごとく破壊され、撤去され、移転を余儀なくされたという事です。

 

また、沖縄でも核家族化、少子高齢化が顕著であることから、離島や山中にあった亀甲墓を廃止し、居住地の近くに小型の家形墓として作り直す例も増えているという事です。

 

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もともと、このお墓はブラック・ジャックも言うように、母親の子宮と胎内を表現しているとされ、もといたところに戻って、再度産まれかわることができるように、という意味合いがあるそうです。

 

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死してなお、また幸せな人生を歩めるようにと人々がささやかな願いを託した墓。

地獄の沖縄戦で、多くの人々のよりどころとなり、また無念の地となった墓。

戦後の激動の時代に翻弄されながら、人々とともに沖縄の青い海を見守ってきた墓。

 

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そんな亀甲墓があたりまえのようにある沖縄の風景。

その沖縄の、どこまでも続く青い海と、さとうきびの畑を眺めるたびに、ウチナンチュでもない自分が、故郷に帰ってこられたような気持ちになれる、そんな静かなところです。 

 

 

 

 

 

 

 

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