みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。

下宮田の山村に伝わる 虚無僧の伝説(三浦市)

今では時代劇などでしか目にすることのない虚無僧(こむそう)だが、本来は「薦僧」(こもそう)ともいい、普化宗普化宗 - Wikipedia)の開祖となった普化禅師(普化 - Wikipedia)を慕う武士が有髪のまま薦座に座って修行をした事から、その名がついたとされる。

 

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また、虚無僧そのものも前述の普化宗普化宗 - Wikipedia)の僧でもあり、その拠点たる関東総本山には千葉県松戸市の金竜山梅流院一月寺(現在は日蓮正宗)が現存し、三浦半島では下宮田元屋敷に「湧谷山竜山寺」という寺があったとされるが、徳川幕府とのつながりが深かったことから、現在は宗派そのものが明治政府により断絶され、その多くは廃寺となるか他に宗派変えをして今に至るのである。

 

虚無僧じたい、深編笠をかぶり諸国を巡る修行をすることから虚無僧の姿をしたスパイ活動をするものも多く、池波正太郎の「鬼平犯科帳」でも盗賊の動きを探る火付盗賊改方の同心が虚無僧に変装する描写が出てくる事を知る読者諸氏も多い事だろう。

 

いま、下宮田に伝説として残る「湧谷山竜山寺」は、「相模風土記」の中で以下のように紹介されている。

「竜山寺と号す 普化禅宗 武州神奈川西向寺末 本尊不動 改山竜富元珠 開基道仙 俗名大井由左衛門 中興風味禅公」と。

 

大井英夫著の「遠い日のふるさと」には、その虚無僧寺・竜山寺と思われる寺の跡が、下宮田元屋敷の近隣にある事が紹介されている。

その本文によると、「山林を下った所の突き当りの山すそを登れば、開けた所にうっそうと木々が茂り、その片隅に大小の古い墓石がたたずんでいる」のが分かるのだという。

 

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 (史料より)

 

なにしろ位置の説明が不明瞭であり、さんざ探しては見たものの上の写真のような場所は特定につながらなかった。

なにしろ「山林を登る」といったところで私有地であろうことは想像に難くなく、勝手に侵入するわけにもいかないので道から見える範囲で山林に眼をこらしてはみたが・・・。

 

その代わり、近くにある「安楽寺」には廃絶されて久しい「竜山寺」の本尊である不動明王が安置されているというので、さっそく足を向けた。

 

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地図にも載らぬような細い裏路地を歩くが、実はその裏路地が表参道となっており、そこには赤いちゃんちゃんこを着せられた六体の地蔵菩薩が祀られており、そのわきの崩れかけた石段を上がると小さな無人のお堂が見えてくる。


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これこそが虚無僧の作った本尊・不動明王を安置する安楽寺であるが、同じ下宮田にある真言宗高野山派の妙音寺が管理されているので、この安楽寺真言宗高野山派となっているのだろう。こちらは妙音寺のサイトによると宮田太郎貞明という三浦一族の末裔(佐原義連→佐原盛連→佐原時連→杉本宗明→三浦時明→三浦貞連→宮田貞明→宮田貞澄→宮田貞泰→宮田藤貞→宮田義三)が建武年間(1334年~1336年)に建立したとされる古いお寺で、その名前からこの宮田地区を治めていたのであろうことは想像に難くないが、貞亨2年(1685年)に古屋敷という場所から現在の場所に堂宇を移して再建したという記録がある。

もしかしたら、この古屋敷にあったというのが虚無僧寺だったのかもしれないが、そこは想像の域を出ない。


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本堂の隅にぽつんと置かれた異形の不動明王は、かつては片目で木の質感そのままであったが現在は両目にも全身にも彩色が施され、細い腕に細い剣、大きな顔で扁平な胴体でいかにも不格好な素人の作品である。


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この虚無僧寺に関する記録はほとんどなく、昔のわずかな文献と、先輩たちが調べて下さった史料に頼るところであるが、現在にあってはその収集すら難しく、現存したと言われた虚無僧寺はどんどんと時代の波に押され、幻となりつつある。

 

しかし、かつてはこの山深き村には深編笠をかぶった虚無僧が淋しげな尺八の音を響かせながら、村々を回り托鉢の日々を送ったことは記録に確かであり、今は見る事のできぬ時代のひと時を確かに生きた僧たちの艶姿が、今なお夕日の差す田畑によみがえるようで感慨もひとしおである。