みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※いままではカタい文章の書き方でしたが、徐々に改めていきます。

昭和は遠くなりにけり 富士吉田の新世界乾杯通りを見てきたよ(山梨県)

令和2年夏、山梨県富士吉田市にドライブ旅行に行ってまいりました。

みうけん家は長期休暇があると、海外に行くか 沖縄に行くか。

近場で済ませたいときは、主に千葉、静岡、山梨などで毎日違う宿を渡り歩いて、何日も旅行に行っています。

今回、その一環として訪れた富士吉田市

数ある市町村の中で、何気にみうけんが好きな街の一つですが、宿から歩ける範囲に面白いスポットがあるというので行ってみました。

 

富士吉田市で面白いスポットと聞いて、すぐにこの名前が出る方は相当なスキモノですよ。

そう、泣く子も黙る新世界乾杯通りです。

 

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ハイ、のっけから妖しげな人魚さんの絵でご挨拶しちゃいました。

手に乗せているのは、目をハートにしてしまったタイフーン。

色褪せたSAUNAの文字の下には、ところどころ剥がれた♠のマーク。

これだけでも、だいぶグッと来るではありませんか。

 

ただ、この人魚さんは新世界乾杯通りの中心あたりにあります。

そこに至るには、今回は国道139号線がわ、だいぶ寂れてしまったシャッター商店街の方から入りました。

「甲斐ゼミナール」さんの脇の砂利道が、その入り口です。

右に見える「制服専門」は「洋装のつちや」さんの建物です。

 

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道を進んでいくと、見事にバラックというか・・・言葉遊びでごまかせば、風情の残る昭和レトロが続きます。

まさに、昭和枯れすすきを地で行く気合の入りっぷり。

ここがいわゆる「夜の街」への入り口だなんて、誰も信じませんとも!!


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しかし、上の写真をよく見ると、路地の奥に見える人魚さん。

この人魚さん、もう少しズームを引いて撮影するとこんな感じです。

この辺りではちょっと珍しい、少し高い鉄筋コンクリートのビルに掲げられた看板だったのです。


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この新世界乾杯通りは、かつては新世界通りという赤線地帯だか青線地帯だかカフェー街だったかしたそうです。

「新世界乾杯通り復活プロジェクト」のサイトには、

 

富士吉田市の下吉田西裏地区にある長さ50mにも満たない路地を新世界通りと呼びます。かつて織物産業の隆盛とともに、富士吉田は戦後最大の好景気を迎えました。40年ほど前には、小さな路地に20軒以上の飲み屋がひしめき合っていましたが、数年前の時点では焼き鳥屋が1軒のみとなってしまっていました。しかし、赴きある下吉田の街の象徴として当時のままに佇む新世界通りこそ、かつてのような往来を街に呼び戻す求心力を持っている。2014年から、新世界通りを舞台に様々なイベントを企画し、地元の方々に少しずつ関心を持ってもらえるようになっていきました。2016年には合同会社新世界通りを立ち上げ、本格的に新世界通りの復活をプロジェクトをスタートさせました。

 

とあるように、あくまでも「20軒以上の飲み屋」がひしめき合っていた、と公式には説明されています。

 

しかし、公式には語られない赤線青線カフェー街の記憶は、いまだに色濃く残っています。

このSAUNAも、純粋にサウナだったのか、それとも何か違う施設だったのか、今となっては知る由もありませんが、看板の下の割れた埋め込みガラス壁と、剥がれたタイル張りの壁がかつての栄光の軌跡を物語っています。

 

なお、このタイルの下の入り口はベニヤ板が張り付けられていて、中の様子をうかがうことはできませんでした。

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実は、このSAUNAにはきちんとした名前がありました。

フォーバー。そう、フォーバーじゃありません。

フォーバー。発音の違いに注意が必要です。

看板脇の八角形の装飾が、またイ~感じ出してます。


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少し歩くと、こんな街灯がありました。

昭和世代にはなつかしい、まるで黒電話のような存在です。

むかし、駅前商店街にこんなのありましたねぇ。


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さらに進んでいくと、このあたり何でもないように見えて、実際に見ると何とも言えない含蓄があります。

写真だと、そうでもないんですけどね。

この雰囲気は実際に訪れてこそ、です。


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この新世界通りの路地から、時折さらに枝分かれした路地があります。

路地というより、袋小路というべきかな。

その周囲には建物の入り口が残されていますが、今この扉を開けて人が出入りする事もめっきり減った事でしょう。


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昔の赤線青線、もしくはカフェー街なんて言われていたところには、往々としてこういうタイル装飾の建物がありました。

このタイル装飾はなかなか綺麗に残されていると思います。

この建物は現在でも現役のようですね。


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こちらも、ほかの建物に残されていたタイル装飾。

そういえば、昔の実家のお風呂は色々なタイルをたくさん埋め込んだ床と壁でした。

今ではもう見かけなくなってきましたね。

どこにいっても味気のないユニットバスばかりです。

嗚呼、昭和は遠くなりにけり。


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さらにグッとくるのが、Barセクシースナック エアーポート
実は、これらのお店はいまだ現役のようです。

なかなか入る勇気はないけどな!!

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白い壁に、白いドアが映える洋館風の愛人

これでもかとグイグイ攻めてくるネーミングセンスには、ほんと脱帽させられます。


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そして、出口近くに見えてきた妓楼風というか・・・妓楼だったのでしょう。

三階建ての粋で和な建築。

まるで、千と千尋の神隠しに出てきた湯屋のようです。


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3階の丸窓といい、道路上にはみ出した2階部分といい・・・

今ではなかなかない技巧で、この2階の不必要なまでの大きな窓からは、もしかするとお顔を真っ白に塗ったくって和服の胸元をわざわざはだけさせたお姉さんが顔を出していたとかいないとか・・・

あくまで想像ですけれど。


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この特徴的な入口も、わざわざ前の建物から隠れる位置になっています。

わざと建物の陰に設けたのか、それとも後から目の前に建物ができたのか。

当時に詳しい方がいたら、いろいろとお話しをうかがってみたいものです。

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ようやく通りに出まして、後ろを振り返ると真新しい「新世界乾杯通り」の看板。

どうやら、こちらが正式な入口だったのかしら?

国道139号線側の入り口から、ここまでたったの120メートル。

こんな狭い範囲の中に、こんなにたくさんのロマンスとノスタルジックとデンジャラスが詰め込まれた新世界乾杯通り。

 

この時はササッと見て回っただけですが、じっくりと嘗め回すように見て歩けば、もっともっといろいろな魅力が隠れている事でしょう。


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これはおまけ。

新世界乾杯通りではなく、上の入り口を出たところにあった路地。

こちらも、かつては飲み屋さんがたくさんあった・・・って、今もあるか。

かってに過去形にするな!! って、ミスコリアに怒られてしまいますね。

奥に見えるサランバンは、韓国語で「愛の部屋」という意味。

こちらもコテコテしています。


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これも関係ないけれど、近くにあったお屋敷。

お医者さんだったそうです。

どんなすごいお医者さんだったのか。

紋付羽織袴か、帯刀裃姿vで診察されそうです。


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さて、せっかくここまで来たので、近くのミリオン通りというまたイカにもな名前の通りにある、串揚げ屋さん焼き鳥屋さんをハシゴして美味しいお酒を飲んできました。

やはり旅先でのお酒は美味しい!!

焼き鳥とビールなんて、贅沢なもんですよ。

 

 

店を出たら、すっかり辺りは暗くなっていました。

こうなったら、もう一度夜の新世界乾杯通りを見に行こう!! という事で、フラフラと裏路地に入っていきます。


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先ほども出てきた愛人。

ちゃんと営業していました。よく見ると、Bar愛人ではなく、■■r愛人になってしまっていますが、これはわざとなのか?

こうなってしまったのか?


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ここら辺の路地も、街灯はついているものの店はやっているんだかやっていないんだか・・・


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ちょっと奥に入ると、もう閑散としています。

何軒か飲み屋さんはありますが、先ほど入った串揚げ屋や焼き鳥屋があるミリオン通りのほうが、いくらか賑わっている印象でした。


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この新世界乾杯通り、気になっていたラーメン屋さんもありましたが、ガラスが割られたままで、まるで廃墟のようになっていました。

やはり、過去に繊維産業が栄えて県外からたくさんのビジネスマンが押し寄せていた時代の賑わいを取り戻すには、相当な難しさがあるようです。

 

富士吉田の、近くの駅もさして栄えた駅でもなく、ほかに観光の目玉というのも無いようなところで、飲み屋さんを中心に町おこしというのもなかなか難しいのかもしれません。

 

ネットで「新世界乾杯通り」で検索すると、やはり多くの好事家の方々が訪れてはネットに記事を上げています。

確かに、これくらいの人を呼ぶ力はあると思いますが、街全体を活性化する起爆剤としてはどうにも湿っちゃった感は否めません。

 

かつて、昭和の好景気をと共に生き、売春防止法の成立と富士吉田市の繊維産業の斜陽化と運命を共にした、新世界乾杯通り。

建物も老朽化し、いつまでこの姿を留めてくれているかはわかりませんが、この街はこうしてかつての装いのままに、あるがままの姿であるのが相応しいのではないかと思いました。