みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。※現在アップしている「歴史と民話とツーリング」の記事は緊急事態宣言発令前に取材したものです。

愛車はヤマハのシグナスX。 原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。
風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。
※いままではカタい文章の書き方でしたが、徐々に改めていきます。

深夜に水を飲みに出た 米倉寺の竜(中井町)

東海道線二宮駅と、小田急線の秦野駅の中間のあたりに、足柄上郡中井町の井ノ口という集落がある。

駅からも遠く離れて交通の便は決して良いとは言えず、観光に訪れる人もない静かなところである。

 

ここに古くからあるのが、曹洞宗の古刹である井宝山・米倉寺(べいそうじ)であり、戦国時代に甲州で活躍した武田家の譜代家老であった甘利氏の筆頭同心、米倉(よねくら)一族の菩提寺であるとされている。

 
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時代は流れて武田氏や北条氏が滅亡してのち、関東を治めることになった徳川氏は、武田氏で功を成した米倉氏の子孫、米倉種継を召抱えてこの地に所領を与え、それが縁で菩提寺として築かれた寺であろうと考えられているのである。

 

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その後、種継の子孫は徳川綱吉に評価されて若年寄にまで出世し、最終的には現在の横浜市金沢区である武蔵国六浦藩の大名にまでなったと伝えられ、実は横浜市にも縁があるお寺なのだという。

 

この米倉寺の本堂は最近になって建て替えられたものであるが、本堂の内陣の脇には「神奈川県の昔話50選」にも選ばれた「水を飲みに出た竜」が今でも残されているのである。

 

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若くて物腰柔らかな御住職にお願いして、近くで拝見させて頂き写真も撮らせていただいた。

この、見れば見るほど迫力が伝わってくる木製の竜は、左右対象に阿吽の像を成しており、躍動感のある表情と今にも黒光りしそうな鱗が実に写実的で、この木像を彫り上げたという江戸期の名工、左甚五郎の技術の高さに、今更ながら圧倒される思いである。

 

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この2匹の竜は、時おり寺の近くを流れる葛川(くずかわ)に躍り出ては、水を呑んで戻ってくる習性があった。

空を飛ぶ竜とは言え、大きな身体をくねらせて寺と川を往復するので、その周囲にある田畑の作物はすっかり荒れ果ててしまい、村人はほとほと困り果てていたという。

それも決まって二本の筋が、何かを引きずったような跡になって作物をなぎ倒しているのである。

 

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当初は誰の仕業かわからず、おおかた野菜泥棒か悪戯好きの若者が荒らしていくのだろうといって、村人が夜通し竹槍を持って見張りに立ったりもして見たが、いっこうに犯人は出てこない。

 

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やがて、ある夜に村人が葛川のほとりを通りかかると、真っ暗な川の中で、激しく泳ぐものがあった。

はて、こんな夜中に泳ぐのもおかしな話だと目を凝らして月明かりの中を覗き込んでみると、そこには4つの鋭い光が映ったかと思うと、やがて真っ暗闇を切り裂くように月明かりを反射した大蛇か龍が体をくねらせ、畑の作物をなぎ倒しながら寺へと帰って行ったのである。

 

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村人はほうほうの体で転がるようにして帰ったが、あれは間違いなく米倉寺の竜であるとして、村の衆に話したものだから村中は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

 

しかし、木彫りの龍が寺を飛び出して川に行くなんて、と信じないものもいたのも無理はない。そこで皆で米倉寺へ行って竜を確かめてみると、木でできた竜の体は屋根の下にあるにもかかわらずびっしょりと濡れて、足や腹には田や畑の泥がベッタリとついていたのである。

 

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やはり、大切な作物を荒らしていたのは竜であったのだという事になり、村人は相談の上で、竜が二度と水を飲みに出られないようにと、目に釘を打ち、身体を切れ切れに切り刻んでしまったのである。

 

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それからというもの、米倉寺の竜が畑を荒らすことはなくなったが、この類稀なる神通力を持った竜に対してひどい仕打ちをしてしまったので、後でバチが当たったり祟られたりしたら困る、と言うことで、釘は抜いて目を直し、お寺の内陣の、それも御本尊様の目の届くところの柱に取り付けてねんごろに供養したということである。 

 

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この竜をよく見てみると、黒目がないのに気が付かされる。

これは、もしかするとこの目を直した時に、さすがに釘は抜いては見たものの、また再び出歩いて悪さをすることがないように、わざと黒目を描かずして目を見えなくしてしまったのではないかと推測してみるのも面白いだろう。

 

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いま、静かな境内の米倉寺の隅に立ち、苔むしたもの言わぬ六地蔵に静かに手を合わせるとき、濁流の中から身を躍らせた竜の迫力と、恐れおののきながらも竜の身体にのこぎりを当てた村人たちの苦渋が思い起こされるようで、昔日の在りし日がまざまざとよみがえるかのようである。