みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。

公開処刑場の露と消えた「故意殺人犯 陸金鳳」の悲惨すぎる人生

数年前から中国の死刑執行写真がネットで出回っている。20才という、うら若き女性が群集の中を引き回しに合い、銃で頭を吹き飛ばされるところまで撮影されているものである。 

 

犯罪者を死刑にするというのは中国に限った話ではなく、歴史的には世界中に残虐な処刑が数多く存在した訳ではあるが、中国の場合は死刑囚を引き回して晒し者にしたうえ銃殺という前時代的な処刑が現代に至って行なわれている国である。 

 

ある中国人によると「中国では死刑判決が出たら15分で刑を執行する。何故なら抗弁をさせないため。刑の重さで死刑方法が異なり、銃殺は重罰という事だ」との事であるが、その実態は移植臓器が必要な時に合わせて死刑を執行する「人間生簀」状態とも言われている。 

 

中国では、罪人などを糾弾する時に、氏名を書いた札に赤バツをつけたものを首から下げて晒しものにする風習があり、特に文化大革命時の写真などでよく見られるものである。

 

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この死刑執行写真で、彼女に下げられてる札には「故意殺人犯 陸金鳳」、背後にある卒塔婆には、同様に「槍殺 故意殺人犯 陸金鳳」 と書かれており(中国語の「槍殺」は「銃殺」の意味)、更に名前の部分に赤でバツ印がついており、近年でも文化大革命当時と全く同じ習慣で行われている事が分かる (卒塔婆は銃殺後に死体の上に置く)。 

 

また、中国の人権問題が国際的非難を受けている現代においてすら、写真に見られるように死刑囚の連行時に見物人が集まっているというのもいささか異様な光景である。

 

見物人には子供が多数、それから赤ちゃんを抱いた女性もおり、これは刑務所内部や警察関係者ではなく一般民衆である。罪人が集団で連行されている様子から、これは恐らく裁判所か留置所の前であろう。 

 

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刑場での写真では死刑執行がまとめて大量に行われており、写真で見る限りではかなりの大規模に見えるが、これも何か儀式めいた無気味なものがある。

 

また、人民武装警察の兵士やギャラリーがやたらと大量にいて、トラックの屋根の上に登ったりなど、その大半が見物のためだけにその場にいるように見える。 

 

ここに、「故意殺人犯 陸金鳳」女20才 小学校卒業の略歴とされる逸話を記する。 

 

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1975年 
山西省運城市土懐郷陸各荘生まれ。 
生まれて直ぐに父と祖父が相次いで事故死。よって家族と村民から疫病神扱いされ数度に渡って生き埋めにされそうになるが、母に救われるも虐待を受け続ける。 

 

1988年 
母も病で死去。継父とおじに家から叩き出される。その時13歳。生きるために路上生活を始めるが犬に咬まれ大怪我をしたところをホテルマネージャーに拾われるが強制的に売春させられる。 

 

1991年 
全国的な売春取締りのガサ入れで捕まり労働改造所に入所。

 

1992年 
釈放され実家に戻される。 
疫病神が戻ったのを怖がり、継父は陝西省慶陽件西嶺村の貧困障害者“李”に1000元で嫁として売った。李はベッドに寝たきりで母親が介護していたが性格は誠実だった。然し幸せは続かなかった。村の悪党“胡”が陸を気に入り2000元で李から奪っていった。 

 

1992年~1993年 
陸は凌辱と虐待を受け続け、逃亡を試みるも毎回捕まり監禁された。 
何週間か過ぎ、胡は商売で長期間不在にした隙に胡の従弟である“唐”“関”の二人は陸を姦淫し妊娠させた。唐は自分の子かもしれないと思い、胡が戻ったら手切れ金を払って妻にしようと考えた。 

 

1994年末 
陸は男の子を産んだ。 

 

1995年旧正月 
胡が戻ったので唐は恐る恐る陸と子供を帰したところ胡は激怒、陸を拷問し誰の子かを吐かせた。その晩唐と関は胡に切り殺され、子供も殺された。陸は怒りと絶望で理性を失い鎌で眠っている胡を殺し放火した。 

 

1995年3月 
陸は逮捕され、慶陽県法院は“悲惨な生い立ちではあるが、労働改造所を出て保護観察処分中の身でありながら殺人を犯した。”として死刑判決を下した。陸は不服を申し立て上告しようとしたが却下。 

 

1995年12月24日 
咸陽にて処刑される。 


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公安警察が死刑囚を横に並べている。 
一番右側の男は抵抗しているが、公安警察が走って行き押さえつけており、女性はその姿をただじっと見守っている。 
その表情には、生への希望も死への悲しみもない。 
あるのは、ただ虚無のみである。 

 

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一方、後方では公安警察がノンキに見物しており、そのさらに後には数多くの一般民衆らが見える。 

  

しかし、なぜこんなにも多くの人が見に来るのか?? 
それは、実は今に始まったことではない。 

 

今から100年以上前、清国時代の処刑でも黒山の人だかり。 
(「奉天城外之執刑」。現在の遼寧省瀋陽市。髪型と服装から清国時代の写真である) 

  

 


文化大革命における処刑。 
(1968年4月5日ハルピン郊外の黄山墓地) 

 

 

21世紀の現代でも。
雲南省昆明市のスタジアムで2001年に行われた「厳打」キャンペーンの一環と見られる公開処刑パレード。アムネスティによればこの様子は政府番組で生中継をされたとの事。首から札を下げている人物は死刑囚) 

  

 

 

2000年の公開処刑。スタジアムで大観衆の中行われている。罪状は毒性品製造。

 

 

2009年3月26日の湖南郴州公捕公判大会。 
数万人が大会を見に来たと報道で伝えられる。2006年以降中国で公判大会は行われていなかったようだが、北京オリンピックが済んで再開された模様。中国では現代でも公判大会は普通の行事であり大会の様子はテレビで放送される。 

 

 

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ついに、強力な火力を誇るAK型自動小銃が女性の頭に狙いを定めた。 
その瞬間、女性を支える二人の公安は頭を下げ、銃弾と飛沫を浴びるのを避けている。

 

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この「故意殺人犯 陸金鳳」の処刑写真は、中国系のプラスティネーション人体展に死刑囚が用いられている疑惑を米国のABCニュースが2008年2月に報じた際に、労改基金会が中国での死刑囚の死体の闇取り引きの写真と共にこの「陸金鳳」の写真も提供したものがABCニュースのウェブサイトに掲載されたため、英語圏でも有名な写真となり、年間に数千人が処刑されていると言われる中国の人権蹂躙を象徴する写真として多くのサイトに転載されているのを見かける。 


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処刑後、女性は頭の半分以上を失い、倒れた。 
公安警察は銃殺後、死刑囚が本当に死んだのか死体をひっくり返して確認するという。 

 

女性の死体は他の死体と共に、待機していたトラックに乗せられ病院で臓器を窃取されることになる。 
このような臓器と死体は普通外国人らに移植(利殖?)されるばかりか、秘密裏に輸出されることもあるという。 


中国医大で使われる実習用死体は頭の半分を失った遺体が実に多いと言われている。 

 

これが、世界第2位の経済力を誇る中国の実態である。 


経済格差はますます広がり、中国共産党の独裁政治は軍拡に走り、日本を脅かす。 
富の連鎖から漏れた大多数の人民の不満はくすぶり、いつ爆発するやも知れぬ状態であり、その不満の矛先を日本に仕向け、なんとかしのいでいる状況である。 

 

中国が考えることは、いかに他国(日本、チベット、タイ、ベトナム、インド、ウイグル)を侵略し、略奪するか。 


そして、いかに自国の失政の責任を日本になすりつけるか、である。 

 

このような三流国家と、本当に友好の契りを結ぶ意味はあるのだろうか。 

 

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★処刑後の画像はこちら→ 


http://www. 

peacehall.com/ 

news/gb/china 

/2004/12/20041 

2130343.shtml 


※女性の痛ましい遺体の写真があります。 
ご覧になる方は自己責任でお願いします。気分など害されてもブログ主は一切の責任を負いません。 
上記URLを全部つなげれば見ることが出来ます。 

 

※ここに記述した内容は、黒竜江省福建省出身の友人の助けを借りて書いた物です。