みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのJog・CE50。時速30キロで見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。

JOGと民話とツーリング

綺麗に削り取られた 霊川寺の庚申供養塔(三浦市)

京急線の終点、三崎口駅から西の果てに向かうとそこは三戸の集落である。 相模灘の奥に遠く富士山を仰ぎ見る三戸海岸と、うっそうとした木々の中に細い道が入り組んで残る昔ながらの町並みが広がっており、このような狭い道こそが原付の力の見せ所である。 …

不動尊と夏の木立に守られた 木古庭の不動の滝(葉山町)

三浦半島の中でも中心位置に近い横須賀市の木古庭の里は、あまり開発もされておらずのどかな農村風景と原生林が広がる風光明媚な所であり、少しでも街道をそれれば昔ながらの風景が広がって青々とした緑を一面に見せてくれる。 その木古庭の里の、表通りから…

漁民たちをしけから守った 農耕の神 赤辺稲荷(三浦市)

京浜急行の終着駅である三崎口駅から1,5キロほど北西に進んだ海沿いのあたりは古来から矢作(やはぎ)と呼ばれた里であるが、この矢作の里にある円徳寺の脇に、赤辺稲荷と呼ばれている小ぢんまりとした稲荷さまが祀られているのが見て取れる。 今となって…

生きる事の辛さを今に伝える 尼の泣き坂(厚木市)

小田急線本厚木駅から北西に進むと、県内では指折りの進学校とされる神奈川県立厚木高等学校がある。 その正門の前の下り坂を降りていく。 この坂自体は学生の通学のために比較的最近に切り開かれたもののようである。 この坂を脇道にそれると、すぐ脇に「尼…

村人たちを見守った引橋の送り狐(三浦市)

京浜急行三崎口駅から駅前の通りを南下していくと、今でも交差点名に名残を残す引橋というところに出る。 これは、かつてこの地を治めた三浦一族が三浦半島を要塞化していく途上で、谷間に橋をかけておき敵が来たら橋を挽いて渡れなくしてしまったので、今で…

廃寺より移された 三浦一族開祖と三代の墓(横須賀市)

京浜急行北久里浜駅を起点に西側の山を登っていくと、遠くに東京湾を望む横須賀市営墓地があるが、そのふもとの小高く昼なおうっそうとした木々が生い茂る中に、清雲寺という静かなお寺がある。 むかし、康平6年(1063年)に源頼義より三浦の地を与えら…

和田義盛が戦勝を占った 和田地蔵の伝説(横須賀市)

観音崎公園の南側、鴨居小学校から海に出る道の途上に、うっそうとした木々が茂る丘があり、その中にひっそりと建つのが東光山無量寿院と号する西徳寺であり、その宗派は浄土宗鎮西派である。 この寺は鎌倉にある光明寺の末寺であり、開山は法誉順性であり、…

戦乱に巻き込まれし 哀れな老婆を慰める舟地蔵(藤沢市)

JR辻堂駅を起点に北上していくと、交通量甚だしい国道1号線が東西に走り、さらに北上していくと周囲の住宅地を見下ろすような大庭城址公園が広がるが、その脇にあるのが舟地蔵と呼ばれる地域であり、その名は公園の名にもなっている。 この公園は駐車場が…

地獄の果てで旅人を見守り続けた いにしへの石仏たち(箱根町)

箱根の小涌谷から芦ノ湖に続く国道1号線は、平日であれば通る車もさほど多くはなく、二子山の麓から眺める箱根の山々は初夏の彩りも美しく、まことツーリングには最適の時季である。 国道一号線は最近になって新しく造成された新道であるが、その脇に今も残…

航海安全と病平癒を願った 勇猛豪傑の為朝神社(横須賀市)

横須賀の浦賀湾西側にある西浦賀の地は、かつては海運の要綱として栄え、また浦賀奉行所が出来て黒船来航の歴史舞台となるなど、その歴史は深いものがあるが、その西浦賀の閑静な住宅街の中にひっそりと埋もれるようにして建つ小さな神社がある。 この神社は…

幼子の慰霊と不思議な伝説を今に伝える 原の岩舟地蔵堂(横須賀市)

横須賀の西岸、秋谷を見下ろす一帯は原という地名であり、数軒の家々が木々に抱かれるようにしてあり、遠くには相模灘の果てに秀麗富士山をのぞむ風光明媚な土地柄である。 その原の道路わき、ノッコシと呼ばれる谷戸の道路から一段上がったところに小さな地…

荒行の中 日蓮聖人に思いを馳せた 日範上人の妙法経窟(三浦市)

京浜急行の終点である三崎口駅から西北に行くと、富士山の真下にどこまでも広がる相模灘を眺める雄大な景色が広がる浜があり、これが和田長浜である。 現在は和田長浜は海水浴場として有名であり、県内から多くの家族連れが車を横付けして浮き輪を片手に楽し…

餅塚処刑場の哀話を今に伝える泣坂の由来(横浜市緑区)

JR横浜線の十日市場駅と長津田駅の中間あたりは今となっては近代的な住宅地が広がる一角ではあるが、この線路沿いの坂には名前が付けられた古道も多く、この「泣坂」もその一つである。 この坂の途中にはきちんと「泣坂」と書かれた案内柱がたてられている…

漁師と九尾狐の悲哀を今に伝える きつね浜の伝説(三浦市)

三浦半島の先端に近い浜諸磯というところがある。 夏の海水浴シーズンでも訪れる人は少ない静かなところであるが、この浜諸磯の丘のふもとに磯に囲まれた狭い砂浜があり、地元の人はこれをきつね浜と呼んでおり、漁村に伝わる哀しき哀話を今なお伝える砂浜な…

戦乱に散った 不運の姫と幼子の哀話(座間市・海老名市)

小田急線の座間駅近辺は、今となっては閑静な住宅街となり東京や横浜のベッドタウンとして宅地開発も著しく、発展する海老名の駅前と合わせて日々その姿を変えつつある。 その住宅街を蛇のようにうねりながら貫いて行く目久尻川の、かつては農業用の用水とし…

横浜まで「派遣」され今に残る成田山の不動明王(横浜市港南区)

横浜市営地下鉄の上大岡駅前の鎌倉街道を南下し、ほどなくして笹下釜利谷道路に入る。 地元ではウッコシと呼ばれる打越の交差点から洋光台方面に向かうと、左手には比較的最近に整備された新興住宅地が広がるが、その中に潜むようにして佇むのが浄土真宗高田…

いまなお語り継がれる 七桶磯の大蛸の伝説(葉山町)

逗子海岸の南側、相模湾に突き出るような逗子マリーナのさらに南側には森戸海岸という海岸がある。 夏の時期は遠浅の海水浴場として人気があるが、海水浴シーズンでもない春先には訪れる人もまばらで、見えるのは漁船と漁業用の浮き、そして七桶磯に打ち寄せ…

村人の信仰を今なお伝える 荒井の道切り(横須賀市)

横須賀市長井の海岸沿いを原付で走っていると、近くには大海原が広がる荒崎公園に出るのだが、その近くには勧明寺という浄土真宗の寺があり、その門前の通りに一本の縄が掛けられているのを目にした。 この縄は「荒井の道切り」というもので、電信柱から電信…

いつの世も幼子を救い続ける地蔵菩薩の慈悲(愛川町)

神奈川の秀麗丹沢山地の麓に広がる愛甲郡愛川町は、住宅地と農村が連なる静かな町で、鉄道駅などもないので商業施設も少なく、神奈川県の中でもひときわのどかな時間が流れる街であるが、愛川高校という高校の脇の交差点には今なお古いお地蔵様がひっそりと…

走水の渚に忽然と消えた「おこん」の伝説(横須賀市)

横須賀市中心部から海沿いを走る風光明媚なよこすか海岸通りを東進すれば、観音崎の手前にあるのが走水といわれる地域である。 走水の地名は古く、古くは古事記や日本書記にもその名を表す文字通り日本で最も古い地名の一つであるが、この走水には有名な古文…

貝の首飾りに身を包む 霊川寺のいぼとり地蔵(三浦市)

京急線の終点、三崎口駅から西の果てに向かうとそこは三戸の集落である。 相模灘の奥に遠く富士山を仰ぎ見る三戸海岸と、うっそうとした木々の中に細い道が入り組んで残る昔ながらの町並みが広がっており、このような狭い道こそが原付の力の見せ所である。 …

親鸞聖人と性信房の霊跡 箱根の笈ノ平(箱根町)

世にも知れた天下の剣、箱根の山を原付で駆け抜ける、初夏の気持ちよい日。 通常、車では絶対に路駐がはばかられるようなヘアピンカーブでも、道路から外れた茂みに原付を停めればこのような写真が撮れたりするから楽しいものである。 この道は通称「湯本元…

崖に穿たれた小さなお社 亀崎神社(横須賀市)

大海原を見ながら観音崎通りを原付で駆け抜けて、観音崎公園を抜け鴨居の里に入る手前、小さく東京湾に突き出した半島が亀崎半島である。 この亀崎半島の付け根には「駆逐艦村雨の碑」の案内板が設けられているが、その道路向かいに小さな階段があり、その先…

旅人の往来を見守り続けた 伝多田満仲の墓(箱根町)

箱根の小涌谷から芦ノ湖に続く国道1号線は、平日であれば通る車もさほど多くはなく、二子山の麓から眺める箱根の山々は初夏の彩りも美しく、まことツーリングには最適の時季である。 国道一号線は最近になって新しく造成された新道であるが、その脇に今も残…

人柱となり一命をとしたお松の供養地蔵尊(海老名市)

JR相模線の入谷駅の近辺は、首都圏の駅前とは思えないのどかな農村地帯であるが、入谷駅から南側の鳩川という小川にそそぐ用水路をまたぐ踏切を目印に、原付を走らせていく。 このあたりは農業指定地区となり、周囲は田んぼばかりが広がって聞こえるのはカ…

遊興客でにぎわった観音崎のお茶屋跡を訪ねて(横須賀市)

戦時中は東京湾要塞といい、東京湾と帝都東京を防衛する要として要塞地帯となった三浦半島の観音崎も、現在となっては風光明媚な風景を楽しめる遊歩道が整備された公園となり、平日だというにもかかわらず多くの人が散策を楽しむ平和なところである。 以前、…

刑場とともに恐れられた「魔の池」と失われた白龍弁財天(横浜市西区)

横浜の中心部にほど近い西戸部町に、かつて「魔の池」と呼ばれた大きな池があったのをご存じだろうか。 その池の歴史はとても古いようで、いつ頃からあったのかはハッキリとしていないが、文明開化期である明治14~15年の地図にはハッキリと描かれている…

盲目のあんまと大蛇の女の悲しき恋物語(箱根町)

箱根の小涌谷から芦ノ湖に続く国道1号線は、平日であれば通る車もさほど多くはなく、二子山の麓から眺める箱根の山々は初夏の彩りも美しく、まことツーリングには最適の時季である。 その国道1号線沿いにある精進ヶ池は木々の隙間に埋もれるようにしてひっ…

いにしへより子供たちを見守り続ける用野観音堂(厚木市)

小田急線本厚木駅から愛川町へと向かう国道412号線を北上すると、愛川町に入る手前の荻野の里に差し掛かる。 この荻野の里を、小さなせせらぎとなって流れる荻野川に沿ってさかのぼると、一段高い階段の上に、今では無人となった寂しげな用野観音堂にたど…

橋の欄干で繰り広げられる見るも楽しきカエル相撲(藤沢市)

藤沢市を南北に縦断する引地川とその流域は、のどかな田園風景が広がり都会の喧騒を忘れさせる風光明媚な土地柄である。 この引地川にかかる天神橋は遠くに大場城址公園をのぞみ、眼下にはたくさんの鯉がゆうゆうと泳ぐところで、かたわらの親水公園では平日…