みうけんのヨコハマ原付紀行

愛車はヤマハのシグナスX。原付またいで、見たり聞いたり食べ歩いたり。風にまかせてただひたすらに、ふるさと横浜とその近辺を巡ります。

歴史と民話とツーリング

歴史と民話とツーリング

三蔵法師がもたらしたか 弘明寺の不思議 七ツ石の伝説(横浜市南区)

横浜市の中心部から南に下ったところ、横浜市営地下鉄の弘明寺駅を降りると、すぐに賑やかな弘明寺商店街の入り口にさしかかる。 その商店街を抜けた先には秀麗な山門が聳え、その奥の石段を上ったところこそが、坂東三十三観音霊場の第十四番として名高く、…

不思議な観音伝説と手掘りの隧道 景徳寺の伝説(横須賀市)

横浜から横須賀へと南下していく国道16号線沿いは、現在となってはたいへんに交通量も多く、軍都横須賀と港湾都市横浜を結ぶ神奈川県の大動脈ともいえる存在である。 その国道16号にかかる船越トンネルの手前には、瀟洒な寺院が建っているのがわかるが、…

真実か伝説か 菊名左衛門重氏の墓(三浦市)

春うららかな陽光に照らされながら、延々と続く風光明媚な三浦海岸の南端、三浦農協の南下浦支店の角を山側に入っていくと、左側の角に庚申塔が残る小路に分岐する。 その小路を入っていくと、右手には田保谷戸といわれる農地が山に抱かれるようにして広がり…

戦乱と開発に翻弄された 廃寺の仏像と首塚の亡霊(横浜市港南区)

交通量が多い国道1号線と、環状2号線が立体交差する平戸交差点あたりは横浜市南部における交通の要衝である。 その、大通りから一本外れた辺りには、きつい登り坂の上に閑静な住宅地が広がっており、かつては北条氏が城郭を構えた本城山と呼ばれていたとこ…

竜神 浅間さまを祀った 雨崎海岸の伝説(三浦市)

三浦半島の東のはずれに、観光客などまず来ない雨崎というところがある。 一面が大根畑ばかりの畑が広がる奥に、こんもりと緑生い茂る小山があるが、一見したら何の変哲もない、意識していなければ無意識に通り過ぎてしまうようなところである。 このあたり…

住宅街にひっそりと残る 富士塚(横浜市泉区)

相鉄いずみ野線、弥生台の駅周辺は最近になって著しい発展を見せている新興住宅地である。 その弥生台駅の東側1キロあまり、住宅に囲まれて、車では入っていく事をためらわれるような細い路地が続いている。 その路地を原付でブンブンと進んでいくと、その…

三浦半島で唯一 くじら塚の供養碑(三浦市)

暖冬のうららかな小春日和の中、軽自動車がやっと一台通れるかといったような細い小路を原付で通り抜けていく。 道はどんどんと細くなり、がけの端に張り巡らされた犬走りのような道を抜けていくと、その先には観光客も来ない実に閑静な住宅地が広がり、眼下…

平和な時代に哀話を伝える 自然公園の大池の大蛇伝説(横浜市旭区)

横浜市の中心部を離れ、相鉄線の二俣川駅前の喧騒を抜けて南下していくと、すっかり開発された住宅街の中に突如として森林うっそうと茂る自然公園があり、休日ともなれば多くの家族連れが押し寄せてはにぎわう「こども自然公園」が見えてくる。 この日は平日…

死後の世界の安楽を託された 傍示堂石塔群(横須賀市)

京浜急行の追浜駅から駅前の16号線を北上していくとすぐに雷神社の鳥居が見えてくるが、雷神社をすぎてすぐのところに、立派なお堂に入った六地蔵や庚申塔が所狭しと並べられているのが見てとれる。 これは傍示堂(ほうじどう)石仏群といい、この近辺の浦…

漁師町の片隅に残された 隠れキリシタンの石像か(三浦市)

三浦半島の江奈湾に面した松輪集落は古くから栄えた漁村で、現在でも名物「松輪サバ」は広く知られているが、普段は観光客など滅多に来ないような静かな漁師町であり、その片隅にあるのが松輪地蔵堂である。 地蔵堂とはいっても扁額などは何もなく、一見する…

本牧の歴史を見つめ続けた 吾妻神社の砲弾狛犬(横浜市中区)

横浜市中区、本牧の街を周回するように流れる本牧通りという大通りがある。 その「三之谷交番前」の交差点を海側に入っていくと、ほどなくして見えてくるのが吾妻神社(あずまじんじゃ)の鳥居である。 ご祭神は日本武尊で、創建年代は不明であるが江戸時代…

小石に万病快癒の願いを託した 矢指の岩船地蔵尊(横浜市旭区)

相鉄線の三ツ境駅から北側、中原街道の旧道沿いに矢指市民の森があり、その近くにこぢんまりとした地蔵堂があるが、これは地元では岩船地蔵と呼ばれて親しまれている。 岩船地蔵尊と呼ばれている地蔵尊の中には、本当に岩船に乗っている地蔵尊や、小さな岩船…

清流を豹変させる 集中豪雨の恐ろしさ(山北町)

神奈川県の屋根にして水ガメであり、神奈川県西部の大部分を支配する丹沢大山と箱根の山々は、東京から見えるほどの近さでありながら木々はうっそうとし、巨石の転がる清流には水遊びをする子供らの歓声が響き渡る自然豊かなところである。 その丹沢の奥深く…

人々の栄枯盛衰を見続けてきた 三ッ沢下町の延命地蔵尊(横浜市神奈川区)

横浜市営地下鉄の三ッ沢下町駅からすぐ近く、島田橋の交差点から少し北側に入ったところの道のわきに小さな地蔵堂が立っているのが見受けられるが、これは地域では延命地蔵尊と呼ばれて大切にされている。 見てみればコンクリート造りの立派な地蔵堂に、卍の…

稲荷が街を富ませたか 横浜長者町の町名の由来(横浜市中区)

横浜市中区には、長者町という町名がある。 大岡川のほとりから中村川にいたるまで、吉田新田の真ん中を完全に横切る形で1丁目から9丁目まであり、黄金町や末吉町、寿町などに並ぶ典型的な「瑞祥地名」(ずいしょうちめい=めでたい言葉をそのまま町名にし…

今も三浦半島を賑わす奉納相撲の先駆者 錦島三太夫の墓(三浦市)

三浦半島の数少ないランドマーク、引橋の交差点と三浦海岸を結んでいる国道134号線の途中に「半次」というバス停がある。 このバス停のすぐ前の交差点の角に、電信柱に隠れるようにしてひっそりと建っている墓石が見えるが、これは江戸時代の力士であり、…

極楽浄土の音色を奏でる 絢爛豪華なる迦陵頻伽の石仏(三浦市)

三浦半島を南北に貫く京浜急行の終端である三崎口駅から原付を5分ほど走らせると、真言宗飯盛山と号する妙音寺がある。 もとは北条氏の祈願所であったが現在は東国花の寺として、また各霊場の札所として登録されており訪れる人も多く、境内には数多くの真新…

洪水の怖さを今に伝える 当麻の日枝神社(相模原市南区)

近頃開通した圏央道の相模原愛川インターチェンジの周囲は、最近まで農村地帯の風情を残していたが圏央道のインターチェンジ完成を契機に一気に発展が加速し、その栄えぶりはたいへんなものである。 その相模原愛川インターチェンジの東側も例外に漏れず田畑…

一代限りの豪商もんやと もんや稲荷の伝説(相模原市南区)

相模原市南区の下磯部というところは駅からも離れた閑静な住宅地であるが、磯部のバス折り返し場の脇にぽつんと稲荷社が佇んでいるのが見え、この稲荷社は地元では「もんや稲荷」と呼ばれて大切にされている。 江戸時代、この辺りには元々「もんや」という豪…

真鶴を愛した歌人 与謝野晶子の歌碑(真鶴町)

神奈川県西部に位置する真鶴半島は、弓のように弧を描いた相模海岸から相模灘に突き出すようにしてあり、その地は山深く急峻であるが、現代となっては走りやすく切り開かれ舗装された道が隅々まで整備されて、我が愛車シグナスXでも簡単に先端まで行くこと…

平将門に吉夢を授けた 秦野の鴨居稲荷(秦野市)

小田急線秦野駅の北側に元町という地域があるが、この元町の龍門寺のあたりは古くから御門と呼ばれていた。 それというのも、今から千年以上も昔に、平将門が秦野に来た時、地形が京都によく似ているとの事で大層気に入り、現在の龍門寺辺りに館を構えたのが…

僧に化けたむじなと まんじ屋の話(相模原市南区)

江戸時代の終わりころ、上磯部の南のはずれに「まんじ屋」という屋号の酒屋(現在は川崎姓)があった。 そこに、鎌倉の建長寺の僧と称する一行が宿をとった。何しろ「した~に、した~に」という触れ声もいかめしく到着したものだから、同家では下へも置かぬ…

受難の果てに安寧の地を得た 三ッ沢下町の愛染地蔵尊(横浜市神奈川区)

横浜市営地下鉄の三ッ沢下町駅から駅前の大通りを反町駅方面へ向かい、ガーデン下という交差点から北側へと入っていくと、崖のふもとに小さな児童公園があるのが見えてくるが、その公園の脇に静かにたたずんでいるのが三ッ沢下町の愛染地蔵尊である。 このあ…

奈良時代の豪族の墓 白山神社の切妻造妻入形横穴古墳(三浦市)

三浦半島の東側、ちょうど三崎口駅の右側の海岸沿いは海を見渡す丘の連なる、風光明媚で静かな菊名というところであるが、この中に木々に埋もれるようにしてあるのが鎌倉時代創建とされる菊名の白山神社であり、その主なご祭神は伊邪那岐尊(いざなぎのみこ…

悲劇の姫君 貞心尼の哀話(相模原市南区)

JR相模線原当麻駅の東側、麻溝公園競技場は現在はギオンスタジアムと呼ばれて相模原市民に親しまれているが、その裏手の道路はスタジアムがあるなどとはにわかに信じがたくなるような山間の街道といったたたずまいを見せている。 その街道は下原やえざくら…

大角豆を作らなくなった 上磯部の城条家(相模原市南区)

相模原市上磯部には城条家(写真)という旧家が残されており、今なお相模川の流れがぶつかる崖の上にある。古くは城条城という城があったと伝えられているが、洪水のたびに崖はだんだんと浸食されて、いまはその面影はない。 この城条一家では、現在大角豆(…

もとは武士の庵 観心寺本堂の由来(相模原市南区)

JR相模線原当麻の駅から西に150メートル、原当麻駅入り口の交差点脇には観心寺という小さく目立たないお寺がある。 山号を聲音山という時宗の寺院で、本尊は聖観世音菩薩である。 この観心寺のあたりには旧家として松本家や中島家があるが、観心寺に縁…

旅人たちの歩みを見守る 南谷戸の大わらじ(横浜市戸塚区)

JR戸塚駅から東海道線の線路沿いをずっと南下していく県道203号線を進むと、やがて戸塚駅の喧騒から離れた静かな住宅街である下倉田のあたりに出るが、下倉田交番の前の交差点を東側に折れていくとすぐに、老木に見上げるほどの巨大なわらじがかけられ…

老巡礼と供猫の哀話を伝える 善部の猫塚(横浜市旭区)

横浜から西側に伸びる相鉄線の、本線といずみ野線の分岐に挟まれた新幹線の線路わきには住宅街とゴルフ練習場が広がる一角があるが、その中の林の中にぽつんと小さな墓標と猫の石像が祀られている一角がある。 この敷地はほとんどがゴルフ練習場の敷地となり…

娘たちを落雷から守った 雷神社のビャクシンの老木(横須賀市)

京浜急行追浜駅から金沢方面に向かって、およそ100mほど行き歩道橋を渡ると、右側に石の大鳥居が見える。 ここが旧村社であり珍しい名前の雷神社である。 名称の読み方には諸説あり、「雷神社」と書いて「いかづちじんじゃ」と読むのが正式とは言われて…